201805_06

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- 桶作りに使われる道具。 かんなや木材の表明を削 る 「セン」 、手前は側板の湾曲の角度を測る道具
代 か ら 3 代 続 く 桶 職 人 。 の 公 団 の 浴 室 に 置 か れ た の が ヒ ノ キ と 、 楕 円 形 の 桶 の 下 に 付 け る 足 の 形 伝 統 的 な 日 本 の ヒ ノ キ 風 呂 が ほ し い
の 職 芸 は 呂 作 場 小 人 品 、 製 る 所 関 資 峯 だ 製 千 作 工 に 宿 料 さ 。 作 葉 所 房 、 城 を 者 県 の が 伝 趾 展 ん に 指 小 あ 統 か 示 の 認 定 峯 る 的 ら し 家 定 伝 穣 。 な ほ て は さ 統 二 小 木 ど い 祖 れ 的 さ 峯 桶 近 る 父 の た 工 ん 風 を い 。 住 宅 が 大 量 に 建 設 さ れ た 。 そ の 初 期 て ア メ リ カ か ら 注 文 が 舞 い 込 ん だ 。 ン に 水 洗 ト イ レ 、 浴 室 を 備 え た 公 団 あ る と い う 。 最 近 で は 材 木 商 を 通 じ 期 、 都 市 近 郊 に は ダ イ ニ ン グ キ ッ チ 掛 け て お り 、 中 に は 風 呂 桶 の 注 文 も 東 京 オ リ ン ピ ッ ク を 控 え た 高 度 成 長 る 飯 台 や 、 湯 桶 な ど の 受 注 生 産 を 手 小 峯 さ ん が ま だ 幼 か っ た 昭 和 30 年 代 。 小 峯 さ ん は 現 在 、 寿 司 屋 で 使 わ れ を 続 け た 。 工 房 が 多 忙 を 極 め た の は た と 、 小 峯 さ ん は 振 り 返 る 。 の い る 関 宿 へ 疎 開 し 、 こ の 地 で 家 業 も 惜 し ん で 風 呂 桶 作 り に 追 わ れ て い 東 京 大 空 襲 で 焼 け 出 さ れ た 父 が 親 戚 ん の 下 で 8 人 の 職 人 が 働 き 、 寝 る 間 祖 父 は 東 京 の 下 町 ・ 深 川 の 桶 職 人 で 、 の 風 呂 桶 だ っ た 。 当 時 は 父 ・ 吉 一 さ
つなぎ合わせた側板を両足のつま先を使って器用に回転させながら、 側板の内側をかんなで削 る小峯さん
木 の 植 え 込 み を 行 っ て い る 。
力 。 旧 日 光 街 道 の 松 並 木 手 入 れ と 苗
つ り の 武 者 行 列 に 使 う 甲 冑 製 作 に 協
秋 会 長 / 24 人 ) は 、 関 宿 城 さ く ら ま
関 宿 町 の 関 宿 ラ イ オ ン ズ ブク ( 池 田 利
ラ
87 年 3 月 の 結 成 を ス ポ ン サ ー し た 旧
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LION 2018年5・6月号
実 施 。 知 的 障 害 者 施 設 の 訪 問 も 行 う 。
川 に 架 か る 玉 葉 橋 付 近 の 清 掃 活 動 を
環 境 保 全 事 業 と し て 、 奇 数 月 に 江 戸
論 大 会 の 表 彰 盾 を 贈 っ て い る 。 ま た
少 年 育 成 事 業 で は 、 中 学 校 11 校 に 弁
の 吹 奏 楽 部 に 支 援 金 を 贈 呈 し た 。 青
今 年 結 成 35 周 年 を 迎 え 、 地 元 中 学 校
/ 29 人 ) = 1 9 8 2 年 10 月 17 日 ラ 結 / 成
/ ス ポ ン サ ー : 流 山 ラ イ オ ン ズ ブク
野 田 ラ イ オ ン ズ ブク ( 山 﨑 安 一 会 長
ラ
▼ 取 材 協 力 ク ラ ブ
月 に 完 成 し て 海 を 渡 っ た 。
さ ん が 丹 精 込 め た 風 呂 桶 は 、 今 年 1
状 に ま で に こ だ わ っ た 注 文 で 、 小 峯
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