201811_12
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- 障 害 児 ( 者 ) が 入 院 し て い る 。 と 同 じ 町 内 の 吹 上 山 車 組 が 協 力 。 秀 晃 撮 影 / 田 中 勝 明 )
テ ー シ ョ ン を 含 め 約 1 5 0 人 の た 。 八 戸 病 院 の 訪 問 に は 、 病 院 た ち は そ う 話 す 。 ( 取 材 / 鈴 木
門 医 療 施 設 で 、 現 在 、 リ ハ ビ リ ネ ス コ 無 形 文 化 遺 産 に 登 録 さ れ 八 戸 中 央 ラ イ オ ン ズ ブク
ラ
八 戸 病 院 は 重 症 心 身 障 害 の 専 俗 文 化 財 で 、 2 0 1 6 年 に は ユ ち の モ チ ベ ー シ ョ ン 」
49 回 目 を 迎 え る 。
年 実 施 し て い る 事 業 で 、 今 年 で 八 戸 三 社 大 祭 は 3 0 0 年 の 歴 も ら え れ ば と 続 け て い る 。
ブク ラ
( 渋 谷 裕 子 会 長 / 64 人 ) が 毎
た 。 こ れ は 八 戸 中 央 ラ イ オ ン ズ こ と か ら 、 そ れ ら の 会 員 の 提 案 山 車 や 舞 を 近 く で 見 る こ と で 、
爛� �快 病 た な 院 る お 関 山 囃� 係 � 車 子� 者 を が ら 笑 流 は 顔 れ 、 で る 笛 見 中 と 上 、 太 げ 豪 鼓 て 華� の い 絢� 軽 者 の 診 療 を 担 当 す る 会 員 も い た ち に 、 お 囃 子 を 聞 き 、 迫 力 あ る 八 戸 病 院 の 嘱 託 医 と し て 入 院 患 り を 味 わ う こ と が 出 来 な い 人 た 人 も の 医 師 会 員 が 在 籍 し て お り 、 長 期 の 入 院 生 活 で 、 地 元 の お 祭
山 車 が 訪 問 。 入 院 患 者 や 家 族 、 年 の こ と 。 当 時 、 ク ラ ブ に は 14 訪 問 も 、 三 社 大 祭 山 車 訪 問 も 、
構 八 戸 病 院 に 、 八 戸 三 社 大 祭 の は 、 1 9 6 8 年 の ク ラ ブ 結 成 翌 年 か ら の 継 続 事 業 だ 。 え ん ぶ り
に あ る 独 立 行 政 法 人 国 立 病 院 機 院 へ の 活 動 に 取 り 組 み 始 め た の を 訪 問 し て も い る 。 こ ち ら は 73
8 月 3 日 、 青 森 県 八 戸 市 吹 上 八 戸 中 央 ラ イ オ ン ズ ブク
ラ
332-A地区
青森県・八戸中央ライオンズクラ ブ
重症心身障害児 (者) と共に 八戸三社大祭を楽しむ会
史 と 伝 統 を 誇 る 国 の 重 要 無 形 民 「 患 者 さ ん の 喜 ぶ 顔 が 、 自 分 た
で 始 ま っ た 。
が 八 戸 病
の 会 員
少 し で も 祭 り の 雰 囲 気 を 感 じ て
能 「 え ん ぶ り 」 を 伴 い 八 戸 病 院
年 2 月 、 八 戸 を 代 表 す る 民 俗 芸
す 」 と の 声 が 上 が っ て ラ い で た は 。 毎 八 戸 中 央 ラ イ オ ン ズ ブク
ら 「 来 年 も よ ろ し く お 願 い し ま
早 く も 、 病 院 関 係 者 や 親 の 会 か
三 社 大 祭 を 楽 し む 会 終 了 後 に は
楽 し み に し て お り 、 今 年 も 八 戸
で は な く 、 家 族 や 病 院 関 係 者 も
も 、 毎 年 の 山 車 訪 問 は 患 者 だ け
り の 高 揚 感 が 見 て 取 れ た 。 し か
そ れ で も 患 者 の 表 情 か ら は 祭
そ れ ら の 活 動 は な か っ た 。
今 年 は 病 院 側 の 配 慮 も あ っ て 、
11 LION
う だ が 、 重 症 患 者 が 増 え た た め 、
を た た か せ て も ら っ た り し た そ
以 前 は 、 山 車 に 上 が っ て 小 太 鼓
2018年11・12月号
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