20180708
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- 地域活性化
っ た と 推 定 さ れ て い る 。
基 壇 の 規 模 か ら 、 壮 大 な 七 重 塔 で あ ナ ミ ッ ク に 再 現
は 弓 削 氏 の 氏 寺 で 、 発 掘 さ れ た 塔 の ッ ピ ン グ で ダ イ
今 も 「 弓 削 」 の 地 名 が 残 る 。 由 義 寺 ジ ェ ク シ ョ ン マ
を 拠 点 に し た 古 代 氏 族 で 、 市 内 に は 風 景 な ど を プ ロ
法 王 に 任 じ ら れ た 。 弓 削 氏 は 市 南 部 七 重 の 塔 や 都 の
奈 良 時 代 の 高 僧 で 、 称 徳 天 皇 に よ り し め る よ う に と
の 八 尾 市 、 河 内 国 若 江 郡 に 生 ま れ た 子 ど も た ち が 楽
る 重 要 な も の と な っ た 。 道 鏡 は 現 在
「 西 の 京 ・ 由 義 宮 」 の 実 態 解 明 に 迫
は 謎 に 包 ま れ て い た 。 今 回 の 発 見 は
載 が あ る も の の 、 こ れ ま で そ の 所 在
は 『 続 日 本 記 』 の 7 7 0 年 の 項 に 記
弓� �国 削� �史 道� �跡 鏡� �指 が 定 建 と 立 な に っ か か た わ 。 っ 称 た 徳 由 天 義 皇 寺 と
発 見 と し て 注 目 を 集 め 、 今 年 2 月 、 土 愛 を 育 ん で ゆ
さ れ た 由 義 寺 の 塔 の 基 壇 は 歴 史 的 大 を 学 ぶ こ と で 郷
な 八 話 尾 題 市 に に 耳 あ を る 傾 東 け 弓� た 削� 。 遺 跡 か ら 発 掘 い に し え の 八 尾 歴 史 を 知 ら な い 。
人 が 郷 土 の 歴 史 に ま つ わ る さ ま ざ ま 人 た ち は 八 尾 の
ら 」 を 開 催 し た 。 集 ま っ た 約 4 0 0 田 会 長 は 「 若 い
特 会 別 館 事 プ 業 リ 「 ズ い ム に ホ し ー ル え の の 小 由� ホ 義� ー 寺 ル 跡 で か 、 開 会 に 当 た り 奥 の 特 別 事 業 だ 。
1 0 4 人 ) は 3 月 29 日 、 八 尾 市 文 化 民 と 共 に 学 ぼ う と 企 画 し た の が 、 こ 第 2 部 で は 、 高 野 山 大 学 の 櫻 木 潤
八 尾 ラ イ オ ン ズ ブク ( 奥 田 順 会 長 / こ の 発 見 を 機 に 、 郷 土 の 歴 史 を 市 た 」 と 話 し て い た 。 ご い 出 来 だ っ た 。 八 尾 を 見 直 し ま し 財 調 査 セ ン タ ー の 樋 口 薫 係 長 は 「 八
ラ
ブク ラ
● 大 阪 府 ・ 八 尾 ラ イ オ ン ズ
し た 。 影 絵 「 称
け ほ 囲 学 を き 第 た し に ん 述 た 1 。 い 広 だ べ い 部 と く こ 、 」 で 呼 伝 と こ と は び え を こ 目 掛 て 周 で 的 、
市 民 と 共 に 学 ぶ 郷 土 の 歴 史
「 い に し え の 由 義 寺 跡 か ら 」
ロ ジ ェ ク シ ョ ン マ ッ ピ ン グ は も の す ョ ン が 行 わ れ た 。 八 尾 市 立 埋 蔵 文 化
会 場 の 宗 得 知 花 子 さ ん ( 53 歳 ) は 「 プ リ ス ト に よ る パ ネ ル ・ デ ィ ス カ ッ シ
読 が 観 覧 者 を 引 き 付 け た ( 写 真 ) 。 基 調 講 演 が あ り 、 続 い て 7 人 の パ ネ
徳 オ ブク ラ 天 メ 皇 ン と バ 弓 ー 削 や 道 地 鏡 元 物 高 語 校 」 生 で に は よ 八 る 尾 朗 レ の 発 掘 か ら 八 尾 の 歴 史 を 学 ぼ う 」 の 助 教 に よ る 「 東 弓 削 遺 跡 ( 由 義 寺 )
て い た 。 ( 奉 仕 委 員 長 / 小 野 元 裕 )
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地 域 を 作 っ て い こ う 」 と 意 欲 を 語 っ
ー は 事 業 を 高 く 評 価 し 「 市 民 目 線 で
会 場 を 訪 れ た 柿 原 勝 彦 地 区 ガ バ ナ
と 満 足 げ だ っ た 。
し た 。 今 晩 は 家 族 で 話 し 合 い ま す 」
く わ し た こ と か ら ハ マ っ て し ま い ま
調 査 の 現 場 が あ り 、 現 地 説 明 会 に 出
西 真 子 さ ん は 「 散 歩 道 の 途 中 に 発 掘
し て い た 。 一 緒 に 来 場 し た 祖 母 の 大
は 苦 手 だ が 分 か り や す か っ た 」 と 話
て 知 っ た 。 賢 い 人 だ と 思 っ た 。 歴 史
大 西 空 さ ん ( 13 歳 ) は 「 道 鏡 を 初 め
終 了 後 、 観 覧 者 に 感 想 を 聞 く と 、
だ 」 と の 指 摘 が あ っ た 。
チ す る 活 動 を 続 け て い く こ と が 必 要
八 尾 が あ る 。 地 域 史 と し て ア プ ロ ー
明 館 長 か ら は 「 日 本 史 の ど 真 ん 中 に
た 八 尾 市 立 歴 史 民 俗 資 料 館 の 小 谷 利
に 評 価 す る こ と が 大 事 」 と 言 う 。 ま
で あ り 、 坊 さ ん と し て の 道 鏡 を 素 直
は 「 奈 良 時 代 の 僧 や 尼 は 国 家 公 務 員
期 待 し て ほ し い 」 と 強 調 。 櫻 木 助 教
た 」 「 偉 大 な 道 鏡 の 再 評 価 を 大 い に
尾 を 中 心 に 仏 都 と か 副 都 と か が あ っ
LION 2018年7・8月号
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