ライオン誌日本語版1991年11月号
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- 6月30日死去︑79歳︒一九七〇 年度デピュティ・ガパナー︒終身会員︒メルビ
年城北η.チャーター・メンバー︑
ン・ジョン︒ス・フェロー︒
議会Lの発足を伝えた︑当面は腎臓移植にしぼる
が︑コーディネーターとは臓器提供の要請︑各種
七二−七三年度同クラブ会長︑八
舞砂長源吉︵群馬県・前橋西力.︶
検査の手配︑手術後の経過報告などがその役割︒
二−八三年度ゾー ン ・ チ ェ ア マ ン ︒終身会員︒
ロ吉田国雄︵静岡県・長泉η.︶
8月23日死去︑57歳︒一九七〇 アメリカでは職業としてこれに携る人が数千人と
年前橋西力一.チャーター・メンバー︑
言われるが︑我が国では善意のボランティアに頼
7月11日死去︑61歳︒一九七一 八一−八二年度同クラブ会長︒
年長泉ηフチャーター・メンバー︑
っているのが現状である︒ライオンズもアイバン
クで長い実績をもつが︑一九八三年二月号¶ライ
七四−七五年度同クラブ第一副会
長︒
オン誌﹄日本語版に︑東京築地市場η・︑究岡村健
広がる移植医療の輪
が﹁献眼仕掛け人の一年﹂という一文を寄せてい
究永井徳雄︵愛知県・知立〃・︶
る︒文中には﹁呼びかけ人﹂︑﹁推進人﹂ともある
葱麟 ⁝ 鍵 ㌔ ハ 躍
究渡辺岩栄︵広島県・福山松永η.︶
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︑ ㌘岡村は︑その仕事を次のように要約してい 献眼︵EYE︶︑献血︵BLOOD︶︑献腎が ︵ K る︒﹁まず家族を納得させて眼球提供をお願いす IDNEY︶は今や︑日本ライオンズのアクティ
ビ テ ィ と し て お 家 芸 的 な 存 在 で あ る ︒3−D地区
3
るについて︑何より大切なことは相手方の信頼を
ではこの三つを一緒にした委員会を設け︑各クラ をとっている側としては困るが︑それだけ各クラ ブとも熱心に取り組んでいる活動とも言えよう︒
得ることである︒死が近づいた際︑家族に接触し
﹄■■ 7月13日死去︑73歳︒一九六〇 ブからEBK資金を集めている︒三者別々に統計
▲1年福山松水η︒チャーター・メンバ ー︑六六 六七年度同クラブ会長︑
て献眼をお願いするのだが︑信頼に次いで勇気が
チヤンス
必要である.そして機会が大切である﹂︒コーデ
ィネーターの仕事の困難さを知っているラィォン
六九−七〇 年 度 ゾ ー ン ・ チ ェ ア マン ︑ 七六.七七
九月中旬︑各紙は﹁日本移植コーディネーター協
ズは︑全国にも数多く存在するに違いない.︑
故人像の制作も致します
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