海外の活動 逆境を乗り越える
ウクライナ最古のクラブ

逆境を乗り越えるウクライナ最古のクラブ

1997年に「ドネツク・ユニバーサル」のクラブ名で結成されたスビャトヒルシク ライオンズクラブは、ウクライナで最も古いライオンズクラブだ。2014年にロシアが軍事介入を強行して以来、長年続く紛争の中で何度も大きな困難に直面してきた。にもかかわらず、クラブメンバーは困っている人々を助け、また互いに助け合おうという固い意志を貫き続けている。これは、彼らのライオンズ精神のゆるぎない証しである。

クラブ結成の中心となったエレナ・グリャドゥシャがライオンズについて初めて知ったのは、夫がウクライナ東部にあるマキイフカ市で、とある会合に招待された時だ。
「そこでライオンズが世界中で行っている奉仕事業について耳にして、私もウクライナで何らかのプロジェクトを立ち上げたいと思いました」と彼女は言う。

スビャトヒルシク ライオンズクラブは最盛期には25人のメンバーがおり、青少年支援の奉仕活動に重点を置く活気のあるクラブだった。しかし2014年に彼らの世界は一変。紛争により、クラブの活動域はロシアの占領地となった。危険から逃れるため、クラブはドネツク州北部の都市スビャトヒルシクへ拠点を移した。

しかし、これで完全に危険から逃れられたわけではなかった。2022年2月に始まったロシアの侵攻で、クラブ例会や活動計画を話し合う際に使用していた施設が攻撃を受けて破壊されてしまう。クラブはこれまでの歴史が刻まれた資料や備品など全てを失ったが、それでも困っている人々に奉仕したいという思いが失われることはなかった。現在のメンバー数は12人。一部は他国に避難しているが、Zoomを介しての例会を続けている。
「私たちのクラブは小さな家族のようなものです。私たちは前向きな精神を持ち続け、距離が離れてしまったことも政治情勢も関係なくお互いをサポートしています」とクラブ会長のヴィラ・グリアドゥシャ。

クラブの最近のプロジェクトの一つは、スビャトヒルシクの地域社会と協力し、戦闘地帯から20km離れた場所にブランコなどの遊具や芝居小屋、パフォーマンス用の小さなステージを備えた公園「妖精の森」を作ることだった。クラブは更に資金とスポンサーを集めて公園の設備を整え、老若男女を問わず憩いの場となる空間を創り上げた。スビャトヒルシク ライオンズクラブのメンバー、エレナ・エスコットは言う。
「これは非常に重要なプロジェクトでした。あらゆるものが破壊されてしまった中で、親が子どもと一緒に行ける場所を提供したのです」

クラブが活動を継続するには相当の困難を伴うが、彼らは全力を注いでいる。今では初期メンバーの成人した子どもも入会し、仲間になった。皆で旧正月を祝ったり、ライオンズの年度末に1年を総括する例会を開いて今後のプロジェクトや計画について話し合ったりと、可能な限りクラブの伝統を守り続けている。

2014年以来、クラブは「平和」というテーマに特に力を入れてきた。150人ものランナー、車いすアスリート、サイクリストが参加した平和マラソンを始め、平和フェスティバルなどを実施している。また、ライオンズ・インターナショナルは毎年、世界中の子どもたちを対象とした国際平和ポスター・コンテストを実施しているが、スビャトヒルシク ライオンズクラブはこれに参加し、ポスターの展示会も開催している。2019年のコンテストに参加したアンジェリーナ・ハルブゾワさんは、色とりどりの花壇の上に大きな鳥の巣を置き、その中にさまざまな民族の人々を描いた。ハルブゾワさんは、応募作品に添えたコメントで、「私たちは異なる国籍を持ちますが、地球は私たちの巣であり、皆そこに住んでいます。ですから人々は互いに親切にし、愛し合うべきです」と書いた。

クラブが2017年に埋めた平和タイムカプセルにも、同様のテーマを見いだせるだろう。カプセルには子どもたちが平和への願いを書いた紙が入っている。カプセルを取り出すのは2050年。平和が訪れた中で、子どもたちが書いたメッセージを読むのがクラブメンバーの夢だ。世界に平和を広めること、それが彼らの最大かつ最も重要な目標である。

2025.04更新(国際協会配信 文/アンマリー・マニオン)