取材リポート 被災地のニーズに応える
豪雨災害後の支援活動

被災地のニーズに応える豪雨災害後の支援活動

能登半島北部を記録的な豪雨が襲った9月21日から一夜明けた22日午後、334-D地区(杉木徹地区ガバナー)の支援物資を積んだトラックが、珠洲市に到着した。いち早く被災地に届けたのは、緊急に必要とされていた飲料水とすぐに食べられるレトルト食品などの食料だ。

「ライオンズクラブさんは、公的支援が届く前に支援してくれるので本当に助かります。ありがとうございます」
能登半島地震以降の支援を通じて、地区のメンバーと顔なじみになっている支援機関の担当者は、安堵(あんど)の表情を浮かべながら、そう言って感謝を伝えた。

今回の334-D地区の迅速な初動を可能にした背景には、全国のライオンズメンバーが今年1月から途切れることなく続けてきた支援の実績と、その活動の中で築き上げた現場の支援担当者との信頼関係がある。そして、334複合地区(東海・北陸)アラート委員会の吉田正義委員長(静岡県・榛南ライオンズクラブ)並びに334-D地区災害対策支援委員会、更に地震に対するLCIF大災害交付金(MCAT)を管理するMCAT委員会の連携がうまく機能したことで、初動に続く支援活動も円滑に進んだ。

9月21日、能登半島北部には台風14号から変わった温帯低気圧や線状降水帯の影響で激しい雨が降り続き、午前10時50分に輪島市、珠洲市、能登町に大雨特別警報が出された。この時、吉田334複合地区アラート委員長と支援に入っていたライオンズメンバー9人は、地震によるがれき撤去のボランティア活動のため輪島市内にいた。輪島市社会福祉協議会から活動中止の連絡が入った時には、土砂崩れで道路が寸断されて足止めとなり、輪島ライオンズクラブの会員の関係先や避難所で一晩を過ごすことになった。

翌朝、道路の通行が可能になると、吉田委員長は情報を集めるために珠洲市へ向かい、災害緊急対応を話し合う行政関係者の緊急会議に参加。それまで続けてきた支援活動とライオンズクラブへの信頼から、オブザーバー参加が許されたのだった。吉田委員長はこの会議で、断水により飲料水確保が喫緊の課題であるとの情報をキャッチ。すぐさま、334-D地区災害対策支援委員会で物資・情報収集を担当し、MCAT委員会の一員でもある片岡憲男委員(金沢菊水ライオンズクラブ)にこれを伝えた。

吉田委員長からの連絡を待っていた片岡委員は、334-D地区メンバーと協力して素早く行動を起こす。金沢市内にある地区の災害備蓄倉庫にあった飲料水(2リットル×6本入り)490ケースに加えて、医療・福祉に携わる自社の備蓄食料250ケース分をトラックやワゴン車に積み込むと、地震直後から被災者支援に当たってきた珠洲市健康増進センターと若山公民館へ向かった。同日、地区アラート委員会の吉崎剛委員長(富山県・魚津ライオンズクラブ)も、魚津市内にある災害備蓄倉庫から工業用扇風機やタオル、飲料水を珠洲市へ運んだ。

能登半島地震が発生して以降、334-D地区は金沢市内と魚津市、福井県鯖江市に災害備蓄倉庫を置いてきた。23日には、福井の倉庫に備蓄していた工業扇風機や高圧洗浄機、タオル、飲料水、食料品などの支援物資を、輪島市社会福祉協議会と、前日に続き珠洲市健康増進センターへ運搬。28日にはセンターの要望を受けて避難所での炊き出しを行い、「さすがに心が折れた」「お店を再開したばかりなのに・・」という被災者の悲痛な声に耳を傾けながら、温かい天ぷらうどんを提供した。

こうして豪雨発生の翌日から2週間、334-D地区のメンバーは毎日、地区内外から集まった支援物資を運んで被災地へ通った。334-D地区内のメンバーの他、能登へ支援に訪れた地区外のメンバーも加わり、週末には20〜30人が活動に参加して、物資の仕分けや搬送、被災地での配布などの支援活動に当たった。

334-D地区は2024年1月の能登半島地震発生直後に地区災害対策本部(現・災害対策支援委員会)を立ち上げ、被災地の情報収集と、的確な支援ニーズの把握に注力してきた。片岡委員は1月末から情報収集を担当。334複合地区の吉田アラート委員長と連携しながら、被害が大きかった自治体の社会福祉協議会(以下、社協)と緊密な連絡を取り、信頼関係を築いてきた。9月の豪雨災害後もそのネットワークを生かして各市町村から情報を集め、地区ホームページで発信して、各クラブに支援への協力を呼びかけた。

豪雨被害がとりわけ深刻だったのは、輪島市、珠洲市、能登町の2市1町だ。能登町には28日に高圧洗浄機や長靴などの支援物資を届けたが、その際、社協職員から「支援はとても助かるが、被害がより深刻な輪島と珠洲を優先してほしい」との話があり、334-D地区の支援は輪島市と珠洲市に重点を置いて進めることになった。

被災者への支援物資の配布は、輪島市では輪島ライオンズクラブの前年度幹事だった下原啓子さんが経営する酒いちば・しもはらの店舗前や、同クラブの北野和彦さんが理事長を務める社会福祉法人の施設などで実施。ライオンズクラブがない珠洲市では、以前から協力関係にある珠洲市健康増進センターの指定場所を拠点にして行った。

豪雨災害から1週間余りが経ち、孤立状態にあった集落に通じる道路の復旧が進むと、334-D地区の支援はそうした集落にも及んでいった。山あいに点在する小さな集落にはコンビニも薬局もなく、移動手段が限られる高齢者が多い。そこで、支援物資は持ち運びしやすい袋詰めにして運び入れた。以前から協力し合ってきた334複合地区内のメンバーや、民間NPOとも連携しながら、細やかな支援を展開している。

1年近くにわたって情報収集を担ってきた片岡さんは、被災地の現況を次のように話す。
「豪雨災害が発生するまでは、9月末で炊き出しのフェーズは終わると考えていました。しかし豪雨災害により、11月19日時点で輪島市では避難所15カ所に約400人、珠洲市では避難所5カ所に43人が身を寄せており、在宅避難者でも弁当中心の食事に頼っている人が多いのが現状で、炊き出しのニーズはもうしばらくは続くと見ています。今回の豪雨災害に対し全国各地のライオンズから寄せられる支援には心から感謝していますが、その一方で、刻々と変化する支援ニーズとのミスマッチが起こることも危惧しています。今後も現地の声を聞き取りながら、本当に必要とされる支援は何かを正確につかみ、発信していきたいと考えています。被災地では本格的な冬の訪れを前に、泥のかき出しやがれき撤去などのボランティアが不足しています。物的な支援だけでなく、そうした活動にも協力していく必要があります」

相次ぐ災害で傷ついた能登の復興が進み、人々が穏やかな気持ちで春を迎えられるようになるその日まで、ライオンズクラブは息の長い支援を続けていく。

2024.12更新(情報・写真提供/334-D地区災害対策支援委員会)

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