取材リポート 家族で体験する米作りで
食の大切さを知ってほしい

家族で体験する米作りで食の大切さを知ってほしい

茨城県のほぼ中央、太平洋に面するひたちなか市は、旧勝田市と旧那珂湊市の合併で1994年に誕生した。市の玄関口になっている勝田駅と沿岸部をつなぐのは、懐かしの車両でのどかに走るローカル線、ひたちなか海浜鉄道湊線。起点の勝田駅から3駅目の中根駅を降りると、見渡す限りの田んぼが水をたたえていた。

5月18日、その水田地帯の一角で、勝田ライオンズクラブ(森澤吉大会長/60人)による「コメづくりから農業を学ぼう! 家族で体験交流会」が行われた。小学生とその家族を対象に3年前に始まった事業で、温泉旅館を営むクラブメンバーの安正機さんが所有する田んぼで実施している。

田植え機を使ったデモンストレーション

米作りを通じて、子どもたちに食べ物への感謝の気持ちと大切にする心を養うと共に、家族一緒に体験することで親子の会話を増やしてほしいとの願いから、クラブはこの交流会を開催している。参加者は30家族を上限に募集し、参加費は無料。5月中旬の田植えに始まって、9月下旬の稲刈り、11月下旬の収穫祭まで、年間を通じて携わってもらう。

体験交流会では田植えも稲刈りも昔ながらの手作業で行い、刈り取った稲穂は小田掛け(はさ掛け)にして天日干しする。天日で干した米の味は、格別だ。収穫祭ではその米を炊いておにぎりにして味わい、稲わらを編んでしめ縄飾りを作り、各家族に米3kgずつを配って、その年の交流会は終了する。

今年最初の交流会は5月18日。ひたちなか市子ども会育成連合会を通じての募集に応じた25家族、約100人が参加し、田植え体験が行われた。

昼過ぎから始まる田植えを前に、メンバーは田んぼにローブを張って区画を作るなど、午前中から準備に励んでいた。参加家族にはそれぞれ6畳分ほどの一区画を割り当て、田植えを体験してもらう。区画を仕切るロープには20cm間隔の目印があり、同様の目印を付けたパイプを使いながら、均等に苗が植えられるように工夫している。

交流会の準備や運営は、特別委員会の加藤正樹委員長ら若手メンバーが中心になって行っているが、育苗や収穫までの管理を一手に引き受けるのは、クラブの重鎮の一人で、田んぼの提供者でもある安さんだ。若手も年長者もそれぞれに持てる力を出し合い、この事業は成り立っている。

この日は最高気温が25度を超え、初夏を思わせる晴天。交流会ではまず、安さんが田んぼと苗について説明し、続いて田植え機を使ったデモンストレーションが行われた。田植え機が通った後に整然と苗が並んでいく様を、子どもも大人も興味深そうに見守っていた。

その後、いよいよ田んぼに入って手作業での田植えが始まると、あちこちから悲鳴のような声が響いてきた。慣れない泥の感触に「ぬるぬるして気持ち悪い」「なんかあったかい」といった感想が漏れる。予想以上の深さに恐れをなしたのか、後戻りしようとして身動きが取れなくなる子も。それでも、苗を植え始めるとすぐに作業に熱中していた。


 
勝田ライオンズクラブはこの体験交流会を始める前から、食育に焦点を当てた青少年育成事業に力を注いでいた。ひたちなか市子ども会育成連合会と共に実施していた、小学生を対象とする鮭の稚魚放流事業だ。地元の漁協から鮭の卵を購入して子どもたちに配り、孵化(ふか)させるところから育ててもらい、その稚魚を市内を流れる中丸川に放流。子どもたちによる感想文の朗読発表会も行っていた。しかし10年間続けたところで、鮭の不漁によって継続が困難になり、2019年に「中丸川の鮭を食べる会」を開いて終止符を打った。

その後、コロナ禍で行動が制限される時期が続き、野外で行える食育事業を模索する中で企画したのが、米作りの体験交流会だ。その時に会長を務めていたのが、今年度幹事を務める吉川大介さんだ。
「メンバーだけで子どもたち一人ひとりに目を行き届かせるのは難しいし、稲刈りでは鎌を使うこともあって、安全のためにも保護者と一緒に参加してもらうことにしました。親子で体験すれば、家庭の中で会話も増えて絆が深まると考えました」(吉川幹事)

参加する子どもたちはもちろん、ほとんどの保護者にとって稲作は初体験のようだが、家族が互いに協力し合い、楽しみながら取り組んでいた。

体験会の後半、割り当て区画の作業を終えた子どもたちはまだ飽き足らない様子で、空き区画の田植えをするメンバーの手伝いを始めた。みんなすっかり泥だらけになっている。クラブからはあらかじめ、汚れてもよい服装で参加するよう案内してあるので、心配は無用。子どもたちは最後まで夢中になって作業を続けた。

作業終了後、森澤会長は「次回の稲刈り体験は秋ですが、この近くを通った時には、今日植えた苗がどれぐらい育っているか、ぜひ見に来てください」と呼びかけた。実りの秋、黄金色の稲穂が波打つ田んぼに、再び子どもたちの歓声が響くことだろう。

2024.06更新(取材・動画/河村智子 写真/田中勝明)