取材リポート 誰もが参加出来る
パラスポーツの祭典

誰もが参加出来るパラスポーツの祭典

今年で第39回を迎えた「くまもと車いすふれあいジョギング大会」。スタートから約1時間後、最後にゴール地点に姿を現したのは、熊本市立桜木小学校の特別学級に通う丸野蒼太君と担任の有富慶介先生。伴走する学生サポーターに励まされながら3kmを走り切った蒼太君は、大きな拍手で迎えられてゴールすると、自らも大きく手をたたいて満面の笑みを浮かべた。

10月15日、熊本県民総合運動公園陸上競技場(えがお健康スタジアム)で開かれた「2023パラスポーツフェスタくまもと」は、熊本県障害者スポーツ・文化協会と熊本城東ライオンズクラブ(下村勝博会長/39人)、熊本県スポーツ振興事業団・ミズノグループが主催するイベントだ。障がい者にスポーツの機会を提供してきた車いすふれあいジョギング大会に、昨年からパラスポーツ体験が加わり、障がいのある人もない人も一緒になってパラスポーツへの関心と理解を高めることを目指している。熊本城東ライオンズクラブは2017年から主催団体の一つとして運営に関わり、支援を続けてきた。

くまもと車いすふれあいジョギング大会の開会式

回を重ねる中で変遷をたどってきた大会は、1984年に熊本車いすロードレース大会としてスタートした。そこに招待選手として招かれたのが、現在はパラスポーツコーディネーターとして活躍し、熊本城東ライオンズクラブのメンバーでもある山本行文さんだ。山本さんは1983年から大分国際車いすマラソン大会のフルマラソンで国内7連覇し、3大会連続でパラリンピック出場を遂げた日本の車いすマラソンの先駆者。熊本出身の山本さんは、やがてこのロードレース大会の運営で中心的な役割を果たすようになる。

2002年の第18回には「ロードレース」から「ふれあいジョギング」にリニューアルした。パラリンピックを目指す人が出場するような競技大会ではなく、施設に入所する重度障がいのある人など、体を動かす機会の少ない人でも参加出来る大会へと大きく方向転換したのだ。更に第25回からは、障がいの有無にかかわらず車いすを持参すれば誰でも参加出来るようになった。車いす利用者が普段どのような苦労を感じているか、実際に体験してもらうことで理解を深め、バリアフリーやユニバーサル社会の実現につなげたいという思いがあった。

2013年、熊本城東ライオンズクラブの例会にゲストとして招かれた山本さんは、こうした大会の理念と共に、参加者が生き生きと力強く走る姿、ゴールした時の晴ればれとしたさわやかな笑顔について熱く語った。山本さんはこれを機にクラブに入会。その後、クラブは2017年から主催団体に加わり、運営費として30万円の資金を提供して大会を支えている。

車いすふれあいジョギング大会には、生活用車いすの部(750m、3km)と競技用車いすの部(5km)がある。今年の大会にエントリーしたのは3部門合わせて75人で、熊本県内だけでなく福岡、大分、佐賀、長崎からも集まった。出場選手にはそれぞれに1人のサポーターが付く。サポーターを務めるボランティアは、リハビリテーションを学ぶ専門学校の生徒たち。障がいのある人と接し、その気持ちをくみ取ることで、教室では学べない経験をしてもらうためだ。サポーターは車いすの脇を一緒に走り、自力で走るのが難しい出場者には車いすを押してあげる。競技用車いすの部の出場者は援助が不要な人も多いが、準備や移動を手伝ったり、コース沿いで声援を送ったりしながら触れ合いを持つ。

車いすを持参すれば誰でもエントリー出来る生活用車いすの部には、健常者も参加している。冒頭で紹介した師弟コンビの有富先生は、昨年パラスポーツ体験に参加した蒼太君が今年は大会に挑戦すると知り、一緒に参加した。親子で参加していたのは、宇土市の小郷啓太君と父親の敏朗さん。走り終えた敏朗さんは、「私は健常者なので、こうしたイベントで改めて普段の子どもの大変さが分かりました。一緒に走れて楽しかったです」と清々しい表情。啓太くんも「親子で走れてうれしかった。またこのイベントがあったら参加したい」と感想を聞かせてくれた。

熊本城東ライオンズクラブが支援を始めた当時、大会は熊本市に隣接する菊陽町の一般道に設けた特別ジョギングコースで行われていた。のどかな田園風景の中を車いすで駆け抜ける爽快なコースで、競技後の昼食交流会では郷土料理のだご汁が振る舞われ、町と町民の協力によって心温まる触れ合いが生まれていた。ところがコロナ禍で大会を中止していた2021年、菊陽町に半導体受託生産の世界最大手・台湾積体電路製造(TSMC)の工場建設が決まると、交通量の増加により公道を利用する大会は出来なくなってしまった。

2022年の第38回から新たに会場となったのが、県下最大の多目的競技場、えがお健康スタジアム。日本で開催されたラグビーワールドカップ2019の試合会場にもなった、3万人収容のスタジアムだ。施設を運営する熊本県スポーツ振興事業団・ミズノグループから会場の無償提供を受け、トラックとスタジアムの外周を周回するコースでジョギング大会を開けることになった。一般道を走れなくなり残念な面もあるが、参加者にとっては、国際的なスポーツイベントの舞台にもなるスタジアムを走るのは貴重な経験だ。また、安全性や警備の苦労などを考えると、スタジアムでの開催には大きなメリットがあった。

昨年4月に熊本城東ライオンズクラブが購入を補助した競技用車いすで出場した選手も力走を見せた

会場がスタジアムに変更になったことで、2022年の大会ではもう一つ大きな変化があった。東京パラリンピック以降、山本さんの元には「パラスポーツをやってみたい」「どこか体験出来る所はないか?」といった声が数多く寄せられていた。そこで、広いスタジアムのグラウンドや屋内施設を使ってパラスポーツを体験するコーナーを設けたところ、初回ながら150人以上が参加した。そして今年からは、車いすジョギングとパラスポーツ体験を2本柱として「パラスポーツフェスタくまもと」の名称の下で開催することになった。

パラスポーツ体験は参加無料。今年も10種目が用意されて、午後1時にスタートした。車いすふれあいジョギング大会の出場者やボランティアの他、この体験イベントを目当てに訪れる人もいる。参加者は受け付けを済ませると、スタンプラリー方式で各コーナーを回って全ての競技を体験出来る。義足陸上の体験コーナーで義足を着けたボランティアの男子学生が「走るイメージが湧かない」とつぶやくと、説明役の選手は「日頃皆さんが走っている感覚とは異なり、体の使い方が全く違うんです」と応じていた。

パラスポーツ体験は、ブラインドサッカー(写真)、視覚障がい者陸上、義足陸上、車いす陸上、車いすテニス、車いすバスケットボール、ボッチャ、ゴールボール、ビームライフル、フライングディスクの10種目

長年、大会の実行委員長を務めてきた山本さんは、「多くのボランティアやスポンサーに協力をいただいていますが、一番の問題だった運営資金面で熊本城東ライオンズクラブから協力を得られたことで、この大会が成り立っていると言っても過言ではありません」と話す。

熊本城東ライオンズクラブは大会運営に協力する他に、パラスポーツ選手への支援も行っている。2017年の大会にクラブが寄贈した競技用車いすで出場したのは、当時9歳だった原かのんさん。中学生になった今は本格的に陸上競技に取り組み、今年10月末に鹿児島で開催された全国障害者スポーツ大会の100mと200m競技で優勝した。昨年4月には、選手2人に競技用車いす購入の補助金を提供。他にも、熊本県身体障害者福祉センターに練習用ローラーを寄贈するなど、車いす陸上の選手をサポートしている。

フライングディスクを体験する参加者

車いすふれあいジョギング大会は順位を競うものではないが、終了後には参加者を対象にした抽選会と、ライオンズ賞の授与が行われる。熊本城東ライオンズクラブのメンバーが声援を送りながら特にがんばっている参加者を選び、表彰するのだ。今回クラブが選んだのは、父親と一緒に出場した啓太くん。しかし、名前が呼び上げられた時には表彰の場におらず、賞品のフルーツセットは次点の女性参加者に贈られることになった。パラスポーツ体験の開始が待ちきれなかったのか、車いすテニスの体験コーナーに行っていたらしい。その後フライングディスクの体験コーナーに姿を見せた彼は、真剣な表情で繰り返しディスクを投じていた。

「今後は熊本だけでなく、全国から参加してもらえるような大きな大会にしていきたい」と語る山本さん。パラスポーツを通じて、さまざまな垣根を越えて理解し合い、共に楽しめるイベントは、これからもバージョンアップを重ねながら、触れ合いの輪を大きく広げていくことだろう。

2023.12更新(取材・動画/河村智子 写真/宮坂恵津子)