取材リポート
施設で暮らす子どもたちに
楽しいお買い物体験を
宮崎オーシャン ライオンズクラブ
#人道支援
自由には動かない指で財布の中から10円玉をつまみ出すたび、付き添いの看護師が「1まーい、2まーい……」と枚数を数え上げる。支払い用トレイに品代の100円がそろうと、店員役のライオンズ・メンバーが「ありがとうございました」と頭を下げた。車いすに乗った子は、買ったばかりの本をひざの上で大事そうに抱えた。
2カ月に1度、宮崎県立こども療育センターの食堂は売店に早替わりし、宮崎オーシャン ライオンズクラブ(宮永泰宏会長/73人)によるお買い物訓練が行われる。施設の中で生活する子どもたちに買い物を楽しんでもらうと共に、それを通じて社会の仕組みを体験してもらおうという活動だ。子どもたちは皆、この日を心待ちにしている。
宮崎市の中心部から車で30分ほど離れた宮崎学園都市の中に、県立こども療育センターはある。宮崎大学のキャンパスを中心に産・学・住の機能が集約された学園都市の福祉ゾーンに、支援学校やリハビリテーションセンターと共に整備されている。
県立こども療育センターは児童福祉法に基づく障害児療育拠点施設で、小児整形外科病院の機能を備えた県内唯一の施設。脳性まひや小児特有の筋骨格系疾患などを抱え、長期にわたる治療を必要とする18歳までの肢体不自由児、重症心身障害児が入所して生活を送っている。現在入所しているのは、男子14人、女子4人の18人。子どもたちはここで療育支援を受けながら、隣接する県立清武せいりゅう支援学校に通っている。
宮崎オーシャン ライオンズクラブによるお買い物訓練は、1月を除いた奇数月の第2火曜日に実施される。食堂に設けた園内売店は、子どもたちが学校から戻った後の午後3時に開店。10円玉が20枚ずつ入った財布が配られ、子どもたちは200円分の買い物が出来る。クラブはこのお小遣いを用意すると共に、売店で売る品物を提供している。品物の調達は、以前はクラブ・メンバーが購入して持ち込んでいたが、今は施設の職員に担当してもらっている。普段から接している職員は子どもたちが欲しがる物をよく分かっているので、より一層魅力的な品ぞろえが出来るようになった。
クラブの予算は1回につき2万円だが、毎回の支出は1万円を少し超える程度だ。売店には施設の職員が家庭から持ち寄ったり、知人から譲り受けたりした品物も並ぶ。この日は、仮面ライダーが大好きな子のために、お下がりの変身ベルトが用意されていた。
クラブ・メンバーの一人で、現在は337-B地区(大分県・宮崎県)の第1副地区ガバナーを務める下堂薗一将さんは、そうして活動の輪が広がっていることに大きな手応えとやりがいを感じると話す。
「職員の方々はライオンズと一緒になって活動してくれます。最近では、研修中の学生さんたちも積極的に参加して輪が広がっていて、とてもすばらしい活動に育っていると感じます」
テーブルの上に並んだ商品はさまざまで、ぬいぐるみやおもちゃ、本、キャラクターグッズの他、ジュースにタオル、靴下などの実用品もある。一つ10円から100円と安価なので、200円あればいくつか買うことが出来る。
園内売店が開くのは午後3時から4時までの1時間。まず来店したのは、高度の医療的ケアが必要な子どもたち。付き添いの看護師がストレッチャーを押して売り場を見て回り、その子に合いそうな品物に目星を付ける。意思を伝達するのが難しい子たちだが、看護師からどちらかを選ぶよう促されると、まなざしや手指のわずかな動きで希望を伝える子もいた。
後半に来店したのは、比較的障害の軽い子どもたち。自分で車いすを操って売り場を行ったり来たりする子、迷うことなく本コーナーに向かい本を買い込む子、それぞれに買い物を楽しんでいる。店員役のメンバーは売り込みの声をかけたり、支払いのために一緒に硬貨を数えたり、子どもたちの障害の度合いに合わせて対応する。「鬼滅の刃(きめつのやいば)」グッズ・コーナーの前で「どうしようかな〜」と長いこと思案していた子は、メンバーの助言を受けてキーホルダーなど6点をまとめ買い。満面の笑みで、妹たちにプレゼントするのだと話していた。
子どもたちが買い物に使う手製の財布には、「宮崎マリーン ライオンズクラブ」の名札が縫い付けてある。お買い物訓練はもともと、このクラブが結成当初に始めた継続事業だった。1988年に、女性会員だけのクラブとしては国内で2番目に誕生したクラブだったが、会員の減少を理由に2009年に解散してしまった。宮崎マリーン ライオンズクラブの結成から4年目、当時のメンバーが書いたお買い物訓練についての記事がライオン誌に掲載されている。その中に、お小遣いを使い切った後で欲しいおもちゃを見つけた子のエピソードがある。
「どうするかな、と様子を見ていると、自分の買った品物の中から10円のお菓子を3個出して、これを返すからこのおもちゃが欲しいと、言葉がしゃべれないので身ぶり手ぶりで必死に表現しているのです。私たちは目頭が熱くなってきました。この子どもたちは、最初に接した時は10円玉がどれかも分からなかったのです」(ライオン誌1991年11月号)
そんな宝物のような瞬間がたくさん詰まった活動を、宮崎オーシャン ライオンズクラブは引き継ぐことになる。5年ほど前、地区の家族及び女性チーム(FWT)の役員を務めていた新留千賀子さんは、他クラブに転籍していた宮崎マリーン ライオンズクラブの元メンバーから、お買い物訓練を引き継いでほしいと相談を受けた。宮崎オーシャン ライオンズクラブでは既にいくつもの事業を抱えていたこともあり、新留さんの提案はすぐには通らなかったが、この有意義な活動を子どもたちのために続けようと、3年前にこども療育センター委員会を発足させた。
隔月で実施するお買い物訓練を通じて、ライオンズ・メンバーは子どもたちの成長ぶりを見守っている。病状が回復して転院が決まった子がうれしそうに報告してくれたこともある。それとは逆に悲しい別れを経験したこともあるが、子どもたちとの触れ合いは事業に携わるメンバーにとって大きな喜びであり、励みでもある。
「買い物に来る子どもたちの笑顔に会えるのがうれしいし、なかなかうまく笑えない子も楽しんでくれているのを感じます。今は施設側の受け入れ人数に制限があるので委員会のメンバーしか参加していませんが、このすばらしい奉仕活動をもっと多くのメンバーに経験してもらいたい」
こども療育センター委員会の委員長でもある興梠裕周幹事はそう話す。
この日のお買い物訓練後に開かれた委員会では、より良い活動にするための改善策について協議。新会員を中心に声をかけてお買い物訓練の活動を体験してもらおう、施設の保育士さんの意見も聞きながら目標を決め、それに向けて取り組んでいこうと話し合った。「マリーン」から「オーシャン」へ、お買い物訓練は海のように広く深い奉仕の心で受け継がれている。
2022.12更新(取材・動画/河村智子 写真/宮坂恵津子)