フォーカスSO柔道プログラムで
人と和する力を育む

SO柔道プログラムで人と和する力を育む

11月4日から6日、広島県で第8回スペシャルオリンピックス日本(SON)夏季ナショナルゲーム・広島が開かれる。スペシャルオリンピックス(SO)は、知的障害のある人たちにスポーツトレーニングと、その成果の発表の場である競技会を提供する国際的なスポーツ組織。4年に一度のナショナルゲームは、翌年の世界大会に出場する日本選手団の選考を兼ねる。広島でのナショナルゲームでは8会場で12競技が実施され、このうち今大会から新たに採用されたのが柔道競技だ。福山市を拠点にSO柔道プログラムの指導に取り組み、その普及に尽力してきたのが、柔道家であり、総合格闘技選手として活躍した経歴を持つ中村和裕さん(43歳)。「知的障害を持つアスリートたちと一緒に成長している」と話す中村さんに、SOの活動について聞いた。





私は総合格闘技の選手を引退した後、2015年4月から福山大学の講師をしています。SOについては「他の障害者スポーツとは違う」という話を耳にしたことはありましたが、2016年に福山市内で開かれたボウリングの競技会を見学したのが最初の出会いです。その時にお世話になったSON広島尾道支部事務局長の宮本恵理さんの人柄に引きつけられると同時に、一つの家族のようなアスリートとコーチ、ボランティアの姿から多くのことを学びました。スポーツにはこういう形もあるということを知り、SOの活動に深く関わるようになったんです。

オリンピックやパラリンピックではトーナメントを勝ち上がった勝者が称賛されますが、SOでは出場した誰もが称賛されます。試合前に障害の度合いや年齢、性別、技術、体格などのレベルを合わせる「ディビジョニング」を行い、同等のレベルで競い合って順位は決めますが、出場したアスリート全員を表彰する。競争よりもスポーツを通じた成長を重視する理念に共感し、2017年からSON広島で柔道プログラムを開始しました。

母校である近畿大学附属広島高等学校の協力で、同校の武道場を借りて練習を行っている

プログラムを始めるに当たって参考にしたのは、島根県浜田市の西川病院が知的・精神障害者に対して行っている柔道療法と、2014年から実施されているSON神奈川の柔道プログラムです。西川病院の柔道療法には社会生活技能訓練の手法が用いられ、その最大の特徴は乱取りにあります。他の参加者に囲まれた中で乱取りを行い、技が決まると拍手で称賛が送られる。これが、自尊心や自信の獲得につながります。また、SON神奈川ではボールを使った遊びの要素を練習に取り入れ、楽しく柔道に取り組んでいました。どちらの場合も、柔道着を身に着けて柔道場で練習することで、自然と「柔道家」を演じるようになり、それが所作や礼法の習得につながっていると感じました。それらの要素を取り入れて独自に柔道プログラムを作り、改良を加えながら今も実践しています。

私は2017年に広島大学大学院に入学し、博士論文のテーマを「柔道療法が精神・知的障がい者の精神的・身体的側面に及ぼす影響」としました。西川病院の柔道療法に関する調査研究などをまとめ、今年9月に、5年がかりで博士号を取得することが出来ました。

週1回、SOのアスリートたちは福柔会と共に、障害の有無や年齢の垣根なく練習に励む。練習中に称賛すべき場面があると、全員で拍手を送る

知的障害者の柔道のルールは、一般的なものとは異なります。例えば、健常者の場合は投げた後に相手に乗りかかることもありますが、知的障害者のルールではこれを禁じており、投げた後も態勢を保つので危険がないんです。全日本柔道連盟・知的障がい者柔道振興部会の会長で、SON神奈川の柔道プログラムを始めた濵名智男さんは「柔道の父・嘉納治五郎師範が目指したのは、組んで気を合わせ、動きの中で相手を崩す柔道で、それこそが安全で楽しい柔道だ」とおっしゃっています。それが、人と和する力を育む柔道で、組み合うことから思いやりや自分自身の気付きが生まれる。SO柔道プログラムではその実践を目指しています。

2年前から指導しているアスリートは、最初はお母さんにくっついてばかりいましたが、今では自分から小さな子に声をかけたり、敬語が使えるようになったり、見違えるほど変化しました。現在は週1回、私が指導する福柔会と一緒に練習を行っていますが、知的障害のあるアスリートが年下の子に教える場面もあり、互いに理解し合い思いやることで、障害のない子にも良い影響を与えています。

SO夏季世界大会には以前から柔道競技が採用されていますが、これまで日本のアスリートが出場したことはありません。私が広島で柔道プログラムを始めた時、既に実施していたのは神奈川と大阪の2府県だけでした。国内大会を開催するには6都道府県以上で実施されていることが必要なんです。現在では9府県で行われるようになり、今年のSON夏季ナショナルゲーム・広島で初めて柔道競技が採用されました。9府県まで増えたのには、2018年に柔道連盟に知的障がい者柔道振興部会が出来た影響が大きいと思いますが、私もこれまで柔道療法やSO柔道プログラムに関する論文の発表や、SNSの発信などで多くの反応をいただいてきたので、少なからず貢献出来たと自負しています。

今年8月に開かれた全日本柔道連盟主催の「第3回全日本ID(知的障がい)柔道大会」には、SON広島で活動するアスリート2人が出場し、そろって優勝しました。11月の広島大会の柔道競技には全国から15人が参加しますが、そのうち3人はSON広島のアスリートです。優勝すれば、来年ドイツで開かれる世界大会に出場出来るわけですから、夢が膨らみますよね。

SON夏季ナショナルゲーム・広島では、中村さんは柔道競技委員として運営に携わる

私が福山ライオンズクラブに入会したのは2021年1月です。その前年に福山で開催したSO柔道の体験会を支援していだいたのがきっかけでした。昨年11月の競技会でも、メダルの提供など全面的にサポートしていただきました。広島大会に対しても、全国のライオンズクラブによる支援への協力に加え、クラブ独自の支援も行ってくれています。

格闘競技である柔道には危険なイメージがあって、知的障害のある人にとってはそれが大きな壁になっています。これからも、柔道は人と和する力を育むもので、身体的にも精神的にも良い影響を与えるということ、知的障害のある人も柔道を楽しみ、成長出来ることを広めていきたいです。

2022.11更新(取材・撮影/河村智子)

なかむら・かずひろ:1979年、広島県福山市生まれ。福山大学経済学部経済学科スポーツマネジメントコース講師。学術博士(学術)。10歳で柔道を始め、国際武道大学体育学部武道学科卒業後、23歳で競技柔道からプロの総合格闘技選手に転向し、PRIDE、UFC、DEEPなど日米の団体で活躍した。2014年に選手を引退した後、早稲田大学大学院スポーツ科学学術院に入学し、翌年修了。15年4月から福山大学に勤務。17年からSON広島で柔道プログラムの指導に取り組み、現在はSON柔道会幹事を務める。2021年1月、福山ライオンズクラブ入会。