取材リポート
事故を未然に防ぎ
命を守る"水の教室"
福岡県・大川中央ライオンズクラブ
#青少年支援
日本有数の稲作地帯として知られる佐賀平野には、「クリーク」と呼ばれる灌漑(かんがい)用水路が網の目のように張り巡らされている。古来、水不足に悩まされてきたこの地の知恵で、少ない水を効率的に使う仕組みだ。農業用水に加えて消防用水としての役割も担い、人々の生活に密接に関わるものだが、一方で水難事故も多い。水路には流れがあり、場所によって深い箇所もある。フェンスや柵がない所も多く、誤って水路に落ちる危険性をはらんでいる。
大川中央ライオンズクラブ(野中康之会長/43人)が市内にある全8校の公立小学校で行う「着衣泳」の教室は、そんなこの地域ならではの事情を反映した活動だ。水難事故のリスクが高まる夏休みを前に、プロの水泳指導者を講師に招いて小学1、2年生を対象に実施している。
7月15日には、木室小学校のプールで着衣泳教室が行われた。子どもたちは服を着たままプールに入り、水に落ちてしまった時の対処方法を学ぶ。着衣泳とは言っても、服を着て泳ぐ方法を習うわけではない。水を吸った衣類は重くなり、手足を自由に動かすことが困難になる。泳ぎが得意な大人でも、着衣のままでは思うように泳ぐことが出来ない。反面、衣類や靴を身に着けていると、体は浮きやすい状態になる。つまり、着衣泳で身を守るポイントは、水に落ちてもパニックにならず、落ち着いて水面に浮いて助けを待つ体勢を取ることだ。子どもたちは講師の助けを借りながらその状態を体験し、水に浮く感覚を確かめていた。
教室の後半では、友達が水に落ちた時を想定し、手近にある浮きそうな物を近くへ投げ入れるシーンを実演した。浮き輪の代わりになる物はランドセルやレジ袋などさまざまだが、この日は少量の水を入れたペットボトルを使った。ペットボトルを抱えて水面に浮いてみた子どもたちからは、「(ペットボトルが)ない時より浮きやすい」という声が上がっていた。
大川中央ライオンズクラブは4年前、既存アクティビティの見直しを検討した。この時に、クラブの社会厚生委員長の筬島(おさじま)久美子さんが提案したのが、着衣泳だった。筬島委員長は、「地域の住民にとって常日頃の課題である水の事故をなくすため、自分たちに出来ることは何か?」と考えていた時、娘が通っていたスイミングスクールで着衣泳を教わったことを思い出したという。
当時、授業で着衣泳を行っていた大川市内の小学校は1校だけだった。そこでクラブは、市内にある8校の公立小学校で実施することを計画。予算の関係で1年に4校ずつ実施し、2年間で全ての小学校で行うことにした。対象は、既に水泳を習った高学年ではなく、まだ水への恐怖があるであろう1、2年生とした。小学校にこの話を持ちかけると、「教えたくても教える先生がいなかった。すぐにでもお願いしたい」という積極的な反応が返ってきた。着衣泳を教えているスイミング・スクールの協力も取り付けた。
ただ実施を前に、クラブ内には「服を着たまま水の中に入って、万が一事故が起きたらどうするのか」と、反対の声もあった。この事業の中心になって進めていた筬島さんは、そうした声に対しては「だからこそ訓練が必要」と丁寧に説明した。スタートしてからは、回を重ねるごとに理解が深まっていった。
「2021年にクリークに転落した市民が亡くなる事故が起こった後、市内の小学校から『着衣泳の教室をもっと増やしてもらえないか』という問い合わせが相次ぎました。我々の取り組みの意義を強く感じた出来事です」(筬島さん)
しかしクラブで全ての依頼に応じることは出来ず、断らざるを得なかった。今回、低学年向けの教室を開いた木室小学校も要望を寄せた学校の一つ。クラブが対応出来なかったことから、着衣泳の心得がある松延聡校長が自らプールに入って高学年に教えている。というのも、木室小学校の敷地はクリークに囲まれており、水難事故に対する意識がひときわ高いのだ。
「低学年の児童がすぐに着衣泳の技術を身に着けることは難しいかもしれませんが、子どもたちの意識付けとしては有効です。『危ない所へは自分たちだけで近づかない』。そんな、抑止力が働くきっかけになると考えています」(松延校長)
この日の教室では、比較的容易に長い時間水に浮いている子もいたが、それは学校のプールでのこと。実際に水に落ちてしまった子が、冷静に水に浮く体勢になって助けを待っていられるかといえば、そう簡単ではないだろう。それが出来るようになるには、何度も練習を重ねる必要がある。
しかし今、プールでの授業の時間は少なくなっていて、大川市内の小学校では水泳の授業だけでも6時限分しか取っていないという。また民間のスイミングスクールでは、コロナ以降は着衣泳の教室の実施を見合わせている。
クラブとしては、小学校の授業で定期的に着衣泳教室を実施することで子どもたちの危機意識を高め、事故を未然に防ぎたいと願っている。 そのため、市内のもう一つのクラブ、大川ライオンズクラブと協力して全学年を対象に実施する方法がないか、協議を進めているところだ。
ニーズは確かにある。だからこそ、クラブは今後もこの教室を継続していく。
2022.09更新(取材・動画/砂山幹博 写真/田中勝明)