奉仕活動町おこしの竜王戦誘致と
高校生将棋大会

町おこしの竜王戦誘致と高校生将棋大会

11月12日と13日、山口県宇部市のANAクラウンプラザホテルで第34期竜王戦七番勝負の第4局が行われた。この勝負は豊島将之竜王に藤井聡太三冠が挑む形だったが、藤井三冠は豊島竜王に1勝も許さず4連勝で初の竜王奪取となった。また、羽生善治九段の持っていた史上最年少四冠を大幅に塗り替えたということもあり、テレビ、新聞などのマスコミで大きく取り上げられた。SNSでも関連ワードが数多くランクイン。ヤフーやツイッターでも上位を独占した。

そしてその影で、第5局以降の対局が行われないことが決まったのである。

第5局は11月26日、27日に倉敷市玉島にある円通寺の高方丈(たかほうじょう)で行われる予定だった。この誘致に尽力したのが倉敷西ライオンズクラブ(田野郁夫会長/47人)サムライ支部(安原章裕支部長/8人)である。実現すれば玉島では初めて、倉敷市では25年ぶり2度目の竜王戦開催だったが、幻となった。

サムライ支部が誘致を目指して行動を開始したのは3年前のことだった。公募の案内が日本将棋連盟のホームページに掲載されており、それを支部のメンバーが見たのがきっかけ。倉敷西ライオンズクラブが活動している玉島地域を全国的にアピールしたいという思いで手を挙げた。中には「竜王戦を誘致する」ということが全くイメージ出来ず、懐疑的な意見もあったが、支部のメンバーは目標に向かって動き始めた。まずは各地の棋戦会場を視察。主催者である読売新聞社ともコンタクトを取り、実現するために必要な準備を確認していった。主催者側としても新たな場所が立候補してくれるのは歓迎だったそうで、親身に相談に乗ってくれたという。

倉敷市は1967年に旧倉敷市、児島市、そして玉島市が合併して現在の形となった。しかし「倉敷」と言うと美観地区や大原美術館など旧倉敷市に当たる倉敷地域の知名度が高く、玉島地域にスポットが当たらないのが現状だ。だが、玉島には山陽新幹線の駅である新倉敷駅(旧玉島駅)がある。魅力を発信していけば観光地として伸び代は大きい。倉敷は大山康晴十五世名人の出身地として知られ、何度も名人戦の対局場になっていたが、全て倉敷地域で開催されていた。この竜王戦を発端に、町おこしにつなげられればという思いがあった。その思いが通じ、7月15日、倉敷対局が正式に決まったのである。

タイトル戦の会場として予定されていた円通寺

対局場所として選んだ円通寺は歌人としても有名な僧侶・良寛が22歳から十数年にわたって修行した由緒ある寺だ。江戸時代中期に建てられた本堂は市内最大級。この時代の建物は改築などを経て変わってしまうことも多いが、円通寺の本堂は建築当時の姿を良好な状態で保っている。建築史的に価値が高く、今年2月16日には市指定建造物となった。対局場として予定されていた高方丈は、円通寺の中心部にある建物で住職が来客と接見する場所。良寛が修行の修了証明書とも言える「印可(いんか)の偈(げ)」を受け取ったのもこの場所とされている。一般公開はされておらず、窓からは千畳岩とその岩を穿(うが)って出来た曹源池の美しい景色が見渡せる。

竜王戦などのタイトル戦の対局を行う場合、将棋の普及を目的とした関連事業を併せて行うことが多い。今回の竜王戦倉敷対局でも「親子ふれあい将棋教室」と「良寛杯高校生将棋大会」を企画。タイトル戦は行われなかったが、これらは予定通り開催した。親子ふれあい将棋教室では多面指しや将棋の駒作り体験などを実施。玉島青年会議所が主催し、サムライ支部は協力として駒作り体験の補助を行った。

倉敷西ライオンズクラブが主催したのが良寛杯高校生将棋大会だ。これは岡山県内の高校生を対象とした将棋大会。準決勝と決勝は竜王戦第5局の会場となっていた円通寺高方丈で行った。当日置く予定だったパネルや肘掛けなど、タイトル戦と同じセットで対局出来るようにした。将棋界最高峰の舞台の一つである竜王戦と同じ環境で将棋を指せるのは、子どもたちにとって一生の思い出になるだろうという思いからだ。

この良寛杯は予選と決勝で日を分けて行う。予選はくしくも13日に新竜王が決まった翌日、14日の開催だ。しかし、倉敷対局がなくなったことも何のその。倉敷西ライオンズクラブとサムライ支部のメンバーは「なくなっちゃいましたね」「まさか4連勝とは」と口にしつつ、明るい雰囲気で良寛杯の準備を進める。3年かけて準備してきたビッグイベントがなくなってしまったことに失望はあるだろうが、高校生たちにとってはこの良寛杯もビッグイベント。高方丈での対局を目指す真剣な表情が目立つ。予選には30人が出場。抽選で3人か4人のリーグに分かれ、その上位が決勝トーナメントに進む。これを勝ち抜き、ベスト4に入らなければ高方丈では戦えない。狭き門だ。

クラブでは市や県のガイドラインに沿って新型コロナウイルス対策を講じながら実施。竜王戦主催者である読売新聞社からも関連事業のガイドライン、指針の提示があり、それに則って行う。竜王戦の誘致が決まりそうだった5月ごろから構想を始め、正式決定以降、倉敷西ライオンズクラブとサムライ支部で準備を進めてきた。9月末から学校などに告知。参加を受け付けた。この大会の出場には部活動に所属している必要はなく、誰もがエントリー出来る。学校には申し込みページのURLをQRコード化した資料を配布。個人で申し込みやすい環境を作った。また、県内各地から来場するため、新倉敷駅と会場の国民宿舎良寛荘を結ぶシャトルバスも運行した。

11月28日、円通寺で行われた決勝ではタイトル戦と同じセットで対局(写真提供:倉敷西ライオンズクラブ)

今後、玉島地域に再度竜王戦を誘致するかは資金面や、関係団体が多いこともあり、慎重に検討中だという。だが、クラブとしては挑戦したいと考えている。また、関連事業として始まった良寛杯も第2回を開催するつもりだ。クラブ支部から始まった将棋による町おこし。今回は思いも寄らぬ結末となったが、挑戦はまだまだ始まったばかりだ。

2021.12更新(取材・動画/井原一樹 写真/田中勝明)