歴史 大阪で国際大会と
国際レオ・フォーラム開催

大阪で国際大会と国際レオ・フォーラム開催
USJで行われたインターナショナル・パレードでは、日本の336複合地区(中国・四国地方)がフロート部門2位に輝いた→『ライオン誌』2002年9月号

2002年7月9日、前年にオープンしたばかりのテーマパーク、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)で、壮大なパレードが繰り広げられていた。さまざまな国の衣装に身を包んだ一団が次々に登場し、お国柄を示すパフォーマンスを披露しながら行進していく。これはUSJの出し物ではない。7月8~12日に大阪で開催されたライオンズクラブ国際協会第85回国際大会のハイライトの一つ、インターナショナル・パレードだ。このパレードが公道以外で行われるのは国際大会史上初。120カ国約1万5000人による行進には、沿道を埋める2万人のライオンズ・メンバーだけでなくUSJを訪れていた一般客からも盛んな拍手や声援が送られた。その熱気が天まで届いたのか、接近する台風6号の影響で朝から降っていた雨が上がり、時折晴れ間ものぞかせた。

日本で国際大会が開催されたのは24年ぶり、1969年と78年の東京大会に次いで3回目で、大阪では初めてのことだった。そして02年は52年に日本で最初の東京ライオンズクラブが誕生してからちょうど半世紀の記念すべき年でもあった。96年に大阪大会開催が決定すると、地元の335複合地区(近畿地方)のライオンズはホスト委員会を設置。最高のホスピタリティーをもって世界のライオンズを迎えようと、350人が30の委員会で業務を分担し準備を進めた。折りしも大阪市は「国際集客都市構想」を推進中で、開閉会式が行われるなど大阪大会の主会場となる大阪ドームは世界に誇る設備を有し、各種セミナーが開かれる総合交流施設、大阪国際会議場も00年にオープンしたばかりと、「おもしろい町・大阪」に世界中の人を呼び込もうという機運が高まっていた。

インターナショナル・ショーのフィナーレは、観客も巻き込んでの阿波踊り大会となった

初日の7月8日。大会登録場がオープンすると、大勢のメンバーが押し寄せた。当初は約4万人を目指していた登録者数は大会が近付くにつれて増加。国際協会は大会直前に4万3000人と踏んでいたが、ふたを開けてみればその予想をも上回り、4万9000人を超えて当時の大会史上最多登録者数となった。そのために国際協会が用意した大会キットが足りなくなり急きょ調達するなど、舞台裏では肝を冷やす場面も少なからず。そんな苦労のかいあって、パレードには3万5000人、開会式には3万3000人が参加、大会ムードは大いに盛り上がった。他にも「日本のまつり」をテーマに、秋田の竿頭、大阪の天神祭、徳島の阿波踊りなどが披露されたインターナショナル・ショーや、元国連事務総長の明石康氏による基調講演、また大会サービス・センターに開設された国際本部各部のブースやピン交換場なども大勢のメンバーでにぎわっていた。

その一方で、浮き彫りになった課題もあった。華やかなプログラムが盛況だったのに対し、主要な奉仕分野におけるニーズや取り組みについて討議したりクラブの強化策などを学んだりする各種セミナーへの日本人メンバーの参加が、そして国際役員の選出やさまざまな議案の是非を決定する投票への代議員登録が非常に少なかったのだ。大会ホスト国、世界3位のライオンズ大国である日本のあまりに残念な姿であった。

5日間にわたった大阪国際大会は記録を塗り替える登録者を得ると共に、参加した国内外のメンバーがそのホスピタリティーを称賛する大成功を収めて幕を閉じた。と同時に、半世紀を超えた日本ライオンズが今後どのように歩みを進めていくべきか見つめ直す機会ともなった。

レオ・フォーラムの大会式典で自国の紹介をするスイスのレオたち(『ライオン誌』02年9月号)

7月9~11日、ライオンズクラブ国際大会に合わせて、国際レオ・フォーラムが開催された。世界中のレオを対象としたフォーラムは初めての試みである。普段は地域社会で活動するレオが、国際社会の一員としても自覚を高めると同時に、21世紀のレオクラブの可能性を見いだそうというもので、「Got The Worldwide Vision~世界へ目を向け幅広い視野を持とう」をテーマに掲げ、世界15カ国、350人のレオたちが交流を深めた。

9日にUSJで行われたインターナショナル・パレードではライオンズと一緒に行進し、レオクラブの存在をアピール。翌日、開会式に当たる大会式典では、各国のレオたちがステージ上に用意された世界地図に自国の国旗を貼り付け自己紹介をした。全員で「We Are the World」を歌った時には、自然発生的に手を取り合い会場いっぱいの大きな輪が完成。若いレオたちの心のつながりが目に見える形になって現れたようだった。その晩、鶴見緑地で開かれた懇親会会場には、盆踊りのやぐらが組まれ、たこ焼きやラーメン、射的などの出店が並んだ。レオたちが共に踊り、楽しみ、より一層絆を深めたことは想像に難くない。

セミナーでは国境を超えたさまざまな意見が交換された

11日には「世界へ目を向け幅広い視野を持とう」をテーマにセミナーが開かれた。まずは各国のレオが活動を紹介。親のいない子どもや障害者との交流、清掃活動、スポンサーのライオンズクラブとの合同奉仕など日本のレオクラブとも共通するものや、山々の牧場での活動(スイス)といったお国柄が現れたものもあった。その後、国際的な奉仕活動の可能性について討議。香港のレオからは「まずは文化交流などを通じて、互いの国の文化の違いについて理解し尊重しあうべき」という意見があり、また南アフリカからは「私たちの国は財政が厳しく医療備品などが不足している。アフリカの難聴の子どもたちに補聴器を提供することを考えてみては」という提案もあった。

コミュニケーションを図る手段については、インターネットを通じてのメール交換が圧倒的な支持を得た。と同時に「インターネットは補助的なツールであり、今回のように直接交流する機会をもっと設けたい」という声も上がった。日本ではインターネットの人口普及率が5割を超えた頃で、スマートフォンはまだ登場していない。まずは確実に連絡が取れるようにするために、「各地域でホームページを開設し、毎年住所等の情報を更新する」「各国に窓口となるレオの責任者を置く」などさまざまなアイデアを出し合った。フォーラムは幕を閉じても、より広い視野を得たレオたちの心の目は開いたまま、前進しようとしていた。

2021.12更新(文/柳瀬祐子)