フォーカス 火山との共生のため
温泉観光地に出来ること

火山との共生のため温泉観光地に出来ること
噴気を上げる大涌谷と箱根ロープウェイ

2015年に発生した箱根火山の噴火は、大涌谷(おおわくだに)の小規模な水蒸気噴火でしたが、私たち強羅(ごうら)エリアの住民にとって初めての経験でした。私が専務理事を務める箱根強羅観光協会は、エリア内の事業者に呼びかけて箱根強羅エリア火山防災協議会を立ち上げ、独自の防災マニュアルを作成しました。民間、しかも観光業界が主体となって火山防災活動に取り組んだ例は珍しいということで、大学が開く噴火対策フォーラムなど全国各地で当時の経験を伝えています。

箱根火山は複数の火山の集合体で、約3000年前に箱根の最高峰・神山で起きた火山活動で出来たのが芦ノ湖や大涌谷です。箱根ではそれ以後、大規模な噴火は起きていません。大涌谷は箱根で最大の噴気地帯で、明治時代からその噴気を使った温泉の造成が行われ、現在は上空を箱根ロープウェイが通っています。大涌谷から2.5kmの所にある強羅は箱根登山電車の終点で、大涌谷方面へ向かうケーブルカーの乗り場もあり、旅館やホテル、美術館などの観光施設が集中して多くの観光客が集まるエリアです。

大涌谷園地では、3000年前の大規模な水蒸気爆発で山が崩壊して出来た地形を間近に見られる

2015年のゴールデンウィーク、大涌谷付近を震源とする地震が多発して、5月6日に噴火警戒レベルが2(火口周辺規制)に引き上げられました。噴火警戒レベルは気象庁が07年に設けた指標で、火山の状況に応じて警戒範囲や必要な防災対応が5段階で発表されます。現在対象となっているのは全国48の火山で、箱根では09年に発表が始まりました。箱根の場合、大涌谷の上を箱根ロープウェイが通り、火口に近い所まで人の立ち入りが可能なため、人的被害が出やすいということで他の火山に比べて警戒レベルが上がりやすい傾向があります。

私の家は父の代から強羅で飲食店を営んでいますが、数年ごとに地震が増える時期があるんです。大涌谷の火山活動が活発になるためですが、地元の人は地震があっても「ああ、また大涌谷が揺れてるな」ぐらいの感覚で、それが噴火につながるという意識はなかったと思います。私は小学生の時に、火山には活火山と休火山、死火山があって大涌谷は死火山に向かっていると教わり、大人になってからもその認識のままでいました。 しかし2015年の春は、前年に長野県と岐阜県にまたがる御嶽山で突発的な噴火が起こり、火山災害への関心が高まっていた時期でした。箱根の噴火警戒レベルが上がると多くのマスコミが集まり、地元の人が過去の経験に基づいて話した「いつものこと」というコメントが、命を軽視していると批判を受けました。箱根全体で観光客が激減して、これは大変なことだと地元の人たちの意識が変化していきました。

日本一の傾斜を登る箱根登山電車は、箱根湯本と強羅間をつなぐ。2019年10月の東日本台風では倒木など甚大な被害が出た

箱根強羅観光協会では状況の把握に努め、神奈川県温泉地学研究所の研究員を招いて地域住民の勉強会を開きました。ターミナル機能を持つ強羅には常に多くの観光客がいるし、学校もあるので通学、通勤の人もいます。その人たちの安全を地域でどう守るかを考えるために、交通機関や宿泊施設、学校などと連携して箱根強羅エリア火山防災協議会を立ち上げました。専門家の元を訪ねて情報を収集したところ、地形から見て強羅エリアで備えるべきは噴石被害だということが分かり、まず自分たちで出来ることから始めようと、噴石被害を想定した避難誘導マニュアル作りに取り組んだ。エリア内にある鉄筋コンクリート3階建て以上の施設で避難可能な人数を調査し、避難マップも作成しました。9月には自治会と協力して自主防災訓練を実施し、避難マニュアルの実効性を確認しています。

その後、6月30日に大涌谷では小規模な水蒸気噴火が発生し、警戒レベルは3(入山規制)に引き上げられましたが、それからは沈静化に向かい、9月にはレベル2、11月にはレベル1(活火山であることに留意)に下がりました。

観光事業者として地域の火山噴火対策に取り組んだ経験から、各地のフォーラムやワークショップに招かれ講演を行っている

日本にはたくさんの温泉地がありますが、その多くがマグマから熱や成分を受け取って湧き出ている火山性温泉です。他の温泉地でもいつ火山活動が活発化して観光業が疲弊するか分かりません。そこで発案したのが「火山温泉観光サミット」です。全国の温泉地がネットワークを組んで課題を共有し、協力関係を築くことを目指し、私は実行委員会の委員長として企画・運営に当たりました。「火山温泉観光サミット2016in箱根」は2016年3月、北海道の洞爺湖温泉や群馬県の草津温泉など16都道府県の観光協会や火山研究者など述べ約700人が参加して開かれ、温泉観光地の在り方、危機管理に関する講演やパネルディスカッションを行い、火山と共生するための知恵を出し合いました。

火山の専門家によるフォーラムや研究会は各地で開かれていますが、これまで観光業者は火山の問題に正面から向き合うことを避けてきたところがあります。このサミットにはハワイやニュージーランドなど国外からの参加もありましたが、観光業界が中心になって開く催しは海外でも珍しいようです。私としては持ち回りによる継続開催を願っていましたが、残念ながら第2回はまだ開かれていません。ただこのサミットをきっかけに、噴火警戒レベルに対応して補償が受けられるデリバティブ商品を、大手保険会社2社で作ってもらうことが出来ました。

大涌谷では2019年5月から再び噴火警戒レベルが2に上がり、10月に引き下げられた途端、今度は令和元年東日本台風による被害で、強羅と箱根湯本の間の箱根登山電車が9カ月にわたって運休になりました。近年の異常気象によって雨の降り方が変化し、土砂崩れなどの被害が起きやすくなっています。今後、大雨被害を想定して強羅エリアの避難マニュアルの作成が必要だと考えています。箱根強羅観光協会ではそうした気候変動の問題も含めて、温泉観光地としてのSDGsへの取り組みにも着手したところです。プラスチックの削減やフードロスの問題など、出来ることから始めていきたいと考えています。

2021.11更新(取材/河村智子)

たむら よういち:1965年6月、神奈川県箱根町生まれ。株式会社田むら銀かつ亭代表取締役。箱根強羅観光協会専務理事。箱根強羅エリア火山防災協議会の立ち上げや、強羅エリアの避難誘導マニュアル策定に尽力し、火山温泉観光サミット2016 in箱根実行委員会の委員長を務めた。11年7月、箱根ライオンズクラブ入会、17-18年度クラブ会長。