歴史 ライオンズクエストで
青少年に生きる力を

ライオンズクエストで青少年に生きる力を
2005年9月、ライオンズクエスト・プログラムを導入した埼玉県秩父市立秩父第一中学校での授業風景→『ライオン誌』2006年2月号

アメリカの大学生リック・リトルは19歳の時、人生最大の窮地に陥った。交通事故で大けがをして半年以上入院。退院すると間もなく、母親が睡眠薬を飲んで倒れているのを発見する。両親は離婚しており、そんな状況を自分一人でどうやって乗り切ればよいのか全く分からない。その時リックは、学校では人生の問題に対処する方法を学ぶ機会がなかったことに気付いた。そこで1975年、20歳になったリックは「クエスト・インターナショナル」を設立し、全米を巡って2000人以上の青少年や、教師、専門家たちから困った経験や、それを解決するためにどのようなスキルを学べればよいと思うかといった意見を収集。77年に高校生を対象としたライフスキルの学習プログラム「クエスト・プログラム」を作り上げた。ライフスキルとは、世界保健機関(WHO)によると「日常的に起こる様々な問題や要求に対して、より建設的かつ効果的に対処するためのスキル」のこと。つまりクエスト・プログラムは、リックに起こったような大事故に限らず、毎日をより良く生きていくのに必要な心の能力を習得するプログラムである。

子どもたちは、自ら考え、発言することで、相手の意見にも耳を傾けるようになる

これに注目したのが、青少年の健全育成に力を注いでいたライオンズクラブ国際協会だ。1984年にクエスト・インターナショナルとパートナーシップを締結。プログラム名を「ライオンズクエスト(LQ)」として、幼稚園児から高校生までの年代別に合わせた三つのプログラムを完成させ、世界に広めていった。88年にアメリカで開かれたLQのワークショップには、国際協会の招きで日本からも都立高校の教諭と大阪のライオンズ・メンバーの計2人が参加したのだが、時期尚早ということか、この時はまだ日本にLQが根付くことはなかった。その後、2002年にはライオンズクラブ国際財団(LCIF)がプログラムの著作権を取得し、LQはライオンズクラブの主要な青少年育成プログラムとなった。

満を持して日本にLQが本格上陸したのは99年度。ジム・アービン国際会長の強い勧めを受け、330複合地区(東京都、神奈川県、山梨県、埼玉県)がLQ導入のパイロット地区となった。また日本語教材の開発やプログラムの普及に当たる日本でのLQ実施団体として、特定非営利活動法人青少年育成支援フォーラム(JIYD)がLCIFによって指定された。日本への導入が決まったのは、主に中学生を対象とした思春期版プログラムだ。まずは日本語の教材を作る必要があるが、英語版をそのまま翻訳しただけで使えるわけではない。日本の教育環境に合うように試行錯誤と修正が繰り返され、2年半の後に日本語版プログラムが完成した。その後半は、実際に学校で実施しながら並行しての作業だった。

教員を対象としたワークショップ

2001年、埼玉県の川口市立芝東中学校が最初の導入校となり、まずは1年生を対象にLQプログラムがスタートした。タイミング良く、この年から文部科学省が「総合的な学習の時間」を創設。LQにはこの時間が充てられた。従来の中学校での授業といえば、先生が教壇に立って説明をし、生徒は全員前を向いて座ってそれを聞くというものだったが、LQは全く違った。主役は生徒。グループになって、皆が自由に意見を発し、誰の考えも尊重される。「~してはいけない」という禁止型の教育ではなく、「もっと良くするにはどうしたらよいか」や、自分や他人の長所に気付かせる肯定的なメッセージを通じて適切な判断をする力を身に着けていく。感情のコントロールや、自尊心と同時に他者を尊重することを学び、飲酒や喫煙、薬物などの危険を回避し、いじめなどの問題にも対処出来るようになる。この新しい手法においてより多くの努力を要したのは教師の方で、生徒たちはすぐになじみ、クラスで何か問題が起こると「ライフスキルで解決しようよ!」と提案するようになった。芝東中学校ではLQの効果を実感し、2年目には1、2年生に、3年目には全学年に導入した(『ライオン誌』06年2月号)

ライオンズはLQ普及において、縁の下の力持ちとなった。学校にLQを導入するには、まず地元の教育関係者にプログラムを知ってもらう必要がある。ライオンズクラブはこれまでの奉仕活動を通じて培ったつながりを生かし彼らにLQを紹介、その価値を説明した。またLQプログラムを使用する資格を得るにはJIYDのLQ認定講師による2日間のワークショップに参加する必要があるため、ライオンズはその企画や設営、参加者の募集などを担った。費用面でも、LCIFの交付金を活用するなどして支えた。加えて、LQの特徴の一つに、学校と家庭、地域の連携として生徒たちの地域奉仕活動への参加があるのだが、クラブの奉仕活動に参加してもらうことはライオンズの面目躍如といったものだった。

2013年に開催されたライオンズクエスト・フォーラム全国大会 in富山での模擬授業→『ライオン誌』13年10月号

LQ普及の主な足取りを見てみよう。2004年、335-C地区(京都府、滋賀県、奈良県)は、京都市教育委員会とタイアップし教師研修会を開催した。05年、東京都江戸川区と埼玉県川口市の教育委員会は、LQを公式教師研修に採用した。また同年、埼玉県・秩父中央ライオンズクラブは単一クラブで秩父市立秩父第一中学校の全学年にプログラムを導入させた。06年、高知とさみずきライオンズクラブは私立高知中央高校の全学年に導入。初めての高校での導入である。07年には富山昭和ライオンズクラブの提案で、LQの説明員制度が誕生した。08年になるとLQは急拡大の兆しを見せた。この年は76回のワークショップが開かれたが、これは累計111回の68%を占めるものだった。13年には富山市で日本初のライオンズクエスト全国大会が開催され、31都道府県からライオンズ・メンバーや教職員、保護者ら330人が参加。夏休み中にもかかわらず、LQを導入している地元中学校の生徒たちが公開授業を披露してくれた。そして同年、日本語版としては思春期版に次いで二つ目となる、小学生版のプログラムが完成した。

小学生版の導入により、小中学校一貫してLQを学習することになる学校区も出てきた。また、ワークショップに参加したライオンズ・メンバーや教師らのネットワークが生まれ、情報交換や自主的な学習会なども行われるようになった。一生の財産となる生きる力を学ぶ機会は、着々と強化され増えていった。

2021.10更新(文/柳瀬祐子)

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