取材リポート
"愛"にあふれる町に
新たな桜の名所を
北海道・愛別ライオンズクラブ
#環境保全
愛別町は北海道のほぼ中央に位置し、2000m級の山が連なる大雪山連峰のふもとにある町だ。北海道内の約3割のきのこが愛別町で生産され、ナメコとエノキダケの生産量は道内1位。「きのこの町」として親しまれている。もともと、1895年に和歌山、岐阜、愛知から175戸が団体移住し、村落を形成したのが始まり。その後、他県からの流入者も増え、発展。2年後の97年に愛別村となり、1961年の町制施行によって愛別町となった。
その町名から、「愛のまち交流」として全国の「愛」の文字を冠する市町村と交流している。きっかけは1988年のバレンタインデー。滋賀県愛東町にあった女性グループから手紙とチョコレートが届いたのだ。当時、日本に愛の名が付いた町は四つあった。その滋賀県愛東町、神奈川県愛川町、長崎県愛野町と愛別町だ。この4町で交流が始まった。その後、市町村合併によって、愛東町は東近江市に、愛野町は雲仙市に編入されたが、交流は続いている。更に、市町村合併で愛知県愛西(あいさい)市、滋賀県愛荘(あいしょう)町、愛媛県愛南町という新たな「愛」の付く自治体が増えたため、交流の輪が広がった。
愛別町自体も「愛」があふれる町づくりをしている。その一つがエゾヤマザクラの記念植樹だ。1984年から98年までの約15年間、町の主導で新婚夫婦に苗木を贈り記念植樹してもらった。当初は愛別神社に植樹をしていたが、89年から96年までは町の中心を通るふれあい通りに場所を変更。ふれあい通りだけでも約150本が植樹され、今では愛別町の桜の名所の一つになっている。同じく桜の名所となっている石狩川沿いの小さな山、蓬莱山には、開拓2世が植樹した桜が住民の目を楽しませている。愛別町では89年、桜を町の木に制定した。
町民に親しまれている桜を町内外の人に更に楽しんでもらおうと活動を続けてきたのが愛別ライオンズクラブ(大山一成会長/29人)だ。クラブでは2012年、結成35周年を記念して、あいべつリバーフロントパークにある、きのこの里パークゴルフ場にエゾヤマザクラ100本を植樹。以来、年に2回のメンテナンスを行っている。クラブが植えたのは、ふれあい通りの桜を親とする苗木だ。
もともと、町民の高井孝さんが、ふれあい通りの桜の種から苗木を育てていた。ふれあい通りの桜の由来を知り、もっと多くの人に記念植樹で植えられた愛あふれる桜を見てもらいたいと考えていたという。しかし、その考えを実行に移す前に高井さんは亡くなってしまった。その遺志を継いだのがメンバーの中野進さんだ。ライオンズクラブとしても地域に貢献したいと考えており、高井さんが育てた苗を引き取って町にかけ合った。
町から紹介されたのが、09年にオープンしたきのこの里パークゴルフ場だった。北海道のパークゴルフ場では桜が植えられていることが多く、話はスムーズに進んでいった。しかし、土壌が問題となる。パークゴルフ場の植樹予定地は木が育ちにくい土だったのだ。そこで、町が土を提供してくれた。重機を使って元の土と入れ替えて整備したのは愛別ライオンズクラブの面々である。こうしてクラブが自らの手で整えた場所に植えられたのが100本の桜だった。
愛別町では毎年1.5mほどの雪が積もる。そのため、放っておくと桜は雪の重みで折れ、朽ちてしまう。そこで桜の木を保護するため毎年10月末に杭を打ち、縄で固定し、4月末にそれを取り除くる。この作業は専門の業者であるメンバーの指導を下に行っている。今年も4月23日に杭を外す作業を行った。メンバーは鎌を持ち、手早く縄を解いていく。打ち込まれた杭を外すと共に、桜の状態を調べていた。
今年で植えてから9年が経つが、場所によって育ちにばらつきがある。5年ほどで花を咲かせた木がある一方、枯れてしまった木も多い。土の質は改善したが、水はけに問題があった。枯れた場所にはその都度補植をしてきたが、育ちはあまり良くない。山桜という品種自体、育てるのが難しい木だ。排水が良くないと枯れてしまう。補植をしては枯れるという状況に、頭を悩ませてきた。40周年の時、見切りを付けるべきかクラブ内で話し合いになったが、せっかくなら花見が出来るくらいまで育てようという話になった。それからもクラブでは試行錯誤を繰り返して現在まで続けている。
きのこの里パークゴルフ場には町外からも多くの人がやってくる。雪のため開業期間は4月末〜11月頭までの半年ほどしかないが、年間2万人弱が訪れる。クラブでは町外の人にもアピール出来るこの場所を新たな桜の名所にして、かつて愛別町で新婚の記念植樹が行われていたという歴史も語り継いでいきたいと考えている。「愛」を冠する町ならではの由来がある山桜。大雪山連峰の雄大な景色をバックに咲き誇る日が来ると信じている。
2021.06更新(取材・動画/井原一樹 写真/関根則夫)