フォーカス 師の教えを胸に
悩める人たちに寄り添う

師の教えを胸に悩める人たちに寄り添う

お寺は弔いの場だと思っている方が多いと思います。もちろんそれも大事な務めですが、この寺には父が先代の住職だった頃から、年間400人近い方々がそれぞれに悩みを抱えて相談に来られます。薬物依存症と闘っていた清原和博さん(元プロ野球選手)もその一人です。2年前に清原さんとの対話を収めた書籍(『魂問答』)が出たことで薬物依存症の相談専門と誤解した方もいましたが、家族のこと、仕事のことなどさまざまな相談を受けています。

実際にお会いして話を聞いた方には、苦しい時、どうしても眠れない時にはいつでも電話するように伝えています。明るいうちは良いのですが、日が暮れて一人になると不安が膨らんでしまう。だから、24時間どこにいても電話に出られるようにしています。仏様の手足となって人の悩みに寄り添うこと、人を支えることが僧侶の務めだと教えてくれたのは、師でもある父でした。

清原さんとの共著『魂問答』には、薬物依存の後遺症やうつ病と闘う清原さんとの対話が収められている

僕はお寺の子に生まれたわけではなくて、7歳の時に突然、父が出家したんです。後で知ったことですが、自営業だった父は人に裏切られて人生に絶望した時、仏の道に導かれた。それまでの父はとにかく忙しくて、ほとんど家にいませんでした。それがある日、自宅の4畳半が寺になって、大好きな父が家にいることが増えてうれしかったのを覚えています。その後、藤沢市内にあった廃寺を復興したのが、この示現寺です。子ども心に、寺を訪ねてくる人が父と話して元気になっていくのを見て、すごくかっこいいと思った。その背中に憧れて、12歳の時から父の弟子として修行を始めました。父は僕が33歳の時に亡くなりましたが、その2年前には病気で足が不自由になり、その頃から人生相談を引き継いだんです。

人は自分中心の考えで何でも思い通りにしようとするから、不平不満が生まれて、その結果自分の心を傷つけてしまう。物事は思い通りにはならないというのが仏様の教えです。よく「四苦八苦」と言いますが、仏教では生老病死の四苦に、愛別離苦(あいべつりく)・怨憎会苦(おんぞうえく)・求不得苦(ぐふとっく)・五蘊盛苦(ごうんじょうく)を加えた八つの苦しみがある。悩んでいる方の話をじっくりと聞くと、必ずこのどれかに当てはまります。それを一緒に整理していくと、答えはちゃんと見つかるものです。心の扉を開いてさえもらえれば、仏様の教えを受け止める心根はみんなが持っています。

薬物依存症の方に対しては、僕が薬を絶たせることが出来るわけではありません。依存症を克服するには医師の治療を受けながら、抑えきれないほどの欲望や強迫観念と闘って壮絶な苦しさを乗り越えなければならない。体に薬物を入れると、それだけ強力な影響を脳に及ぼしてしまうということです。その闘いを続ける人を支えるのが、僕の役目です。

460年前に開かれた寺が長く廃寺になっていたのを、先代住職が再興した示現寺。寺をよけるようにすぐ後ろを東海道新幹線が通っている

薬物に限らず依存症の方からの相談は先代の頃からありましたが、僕はライオンズクラブに入って薬物乱用防止教育認定講師になり、それまでとは違った切り口の見方も出来るようになりました。それと同時に、講師として自分だから出来る活動があるのではないかと考えるようにもなった。先日も、兵庫県・姫路白鷺ライオンズクラブが開いた薬物乱用防止Web講演会で、薬物依存症リハビリ施設・神戸ダルクヴィレッジの代表の方と一緒にお話しする機会を頂きました。

薬物乱用防止教室で伝えるメッセージは「ダメ。ゼッタイ。」で、これは子どもたちを薬に近づけないためにとても重要で効果的です。一方で、日本の社会には薬物に手を出してしまった人を「ダメ」と切り捨てて、迫害するようなところがある。立ち直るために闘っている清原さんに対しても、SNS上では「薬物は一発アウト」「絶対にまたやるよ」と断罪するような言葉が投げ付けられました。日本とは薬物を取り巻く状況が異なりますが、欧米では薬物依存を克服した人は過酷なつらさを乗り越えたと称賛される。ゼロから再スタートして努力する人たちを見守り、応援する、寛容な社会であってほしいと思います。

ライオンズクラブに入ったのは父が亡くなったすぐ後で、寺の筆頭総代だったライオンズ・メンバーが坊主の世界しか知らない僕に世の中を教えようと、入会を勧めてくれました。小僧の頃からずっと誰かのために仕えることが僕の人生でしたから、ライオンズの奉仕活動はその同じ道の上にあるもので、更に幅が広がったと感じます。たくさんの出会いに恵まれ、これも父が導いてくれたのだと思っています。

2021.06更新(取材・撮影/河村智子)

すずき たいどう:1975年4月、藤沢市生まれ。示現寺住職。立正大学仏教学部仏教学科卒業。87年に出家して先代住職である父の弟子となり、98年に日蓮宗僧籍取得。2008年、父の死去に伴い住職となる。悩みを抱える多くの人の相談に応じ、スポーツ選手のメンタル・サポートも行っている。覚せい剤取締法違反で有罪判決を受けた元プロ野球選手・清原和博氏の社会復帰を精神的に支え、19年12月に共著『魂問答』(光文社)を出版した。08年7月、厚木さつきライオンズクラブ入会。今年度330-B地区GST委員会副委員長。