投稿リポート 結成50周年記念事業
"天下第一の門"を改修

結成50周年記念事業”天下第一の門”を改修

岐阜城ライオンズクラブ(野々村学会長/64人)は2020年12月18日、岐阜市の金華山(旧名・稲葉山)山頂に建つ冠木門(かぶきもん/高さ4m、幅5.5m)の老朽化に伴う改修工事を行い、岐阜市へ目録を贈呈した。

戦国三英傑の一人、織田信長。信長が天下統一へ乗り出す拠点としたのが、稲葉山城(現・岐阜城)である。戦国武将として名高い斎藤道三や竹中重治(半兵衛)ら歴々たる者が知略を巡らせて城を守り、難攻不落と言われた稲葉山城。1567年にこの城を攻め落とした信長は、この地の名を「岐阜」と改名し、太平と学問の地であれと希求する。

当クラブは結成20周年を迎えた1990年に、岐阜城へと続く金華山の山頂に「天下第一の門」と名付けた冠木門を建立した。以来、史跡名勝として市民や観光客に親しまれてきたが、長年の風雨により腐食が進んでいた。「よく集め、よく散ぜよ」とは経済循環にまつわる言葉であるが、我々の奉仕もこの考えに準ずるものがあると理解する。実践する事業には、そこに我々の思いを込めることが肝要だ。1201年築城とも言われる岐阜城の歴史的価値の継承と金華山周辺の自然環境保全を、この冠木門に込めた先輩方の思いがある。本年度のクラブ・スローガンは「先人たちの功績に深く感謝し、次の50年へ夢を紡ごう」であり、老朽化した冠木門の改修に取り組むことは必然であった。

観光客の往来がある中での改修作業はその対応に苦慮することが予想されたものの、岐阜市観光課との連携が機能し、工期の遅れも最小限にとどめることが出来た。門柱の根元まで腐食が進んでいた門だが、部分的な木材の交換や補強に加えて研磨、塗装を施して生まれ変わらせた。新しくなった冠木門からは以前にも増して重厚さが漂う。前日の積雪が残る中で執り行われた改修完成除幕式では、会員から称嘆の声が上がり、次いで拍手が玄冬の空に響き渡った。道行く観光客も足を止め、新たな門を見上げ写真撮影に興じている。皆、満面の笑みがこぼれていた。傍らの石碑に目を移す。「贈 結成二十周年記念」と記された側面に「改修 結成五十周年記念」と刻まれた石碑である。クラブの紡いできた歴史がそこにある。

帰路、眼下に広がる町並みを見た。時代をさかのぼれば、かの信長もこの場所から同じ風景に目を留めていたであろう。天下へと誘(いざな)う城下を眺め思い巡らすは、利己を追求する若さゆえの野望であったか。あるいは、国の末永い安康をひたすら願う利他の思いであったか。天下人に今一歩届かなかった信長。戦国を彩る偉人の一人ではあったが、完(まった)き人とは至らなかったのか。

ライオンズクラブの活動が常に高い評価を得ているのは、己の名誉心や功名心をことさらに取り上げることのない完き組織であり続けているからこそであろう。これは「智・情・意」のバランスを常に養いつつ、更なる向上に努めることで高い次元を継続出来る。今回の周年事業から、我々は先輩方の社会奉仕に向き合う真摯(しんし)な思いをくみ取ることが出来た。今後我々には、クラブの歴史を大切に紡ぎながら、これを未来へつないでいく役割が課せられる。そのためには「智・情・意」の調和の習慣化が必要となる。良き歴史を継承すると共に、実践するいずれの奉仕活動も前例踏襲にとらわれず、新たな発想や挑戦に取り組み続けることをここに決意する。

2021.02更新(幹事/中山貴志)