取材リポート 小学校で避難訓練と
ライフジャケットの寄贈

小学校で避難訓練とライフジャケットの寄贈

静岡県を含む東海地方に暮らす上で意識せざるを得ないのは、南海トラフ地震だ。日本列島は北米プレートとユーラシアプレートという二つの陸のプレートの上に位置しており、これらのプレートの下に太平洋プレートとフィリピン海プレートという二つの海のプレートが毎年数センチ単位で沈み込んでいる。この際、陸側のプレートも一緒に地中に引きずり込まれているのだが、いずれ限界に達して反発、地面全体がプレートごと跳ね上がる。こうして起こるのが南海トラフ地震である。引きずり込まれ、反発するというこの現象はおおむね100〜150年間隔で発生しており、有史以来、東海地方は大地震に見舞われてきた。

前回の南海トラフ地震は1946年に起きた昭和南海地震だった。この時は、1300人を超える死者が出て、1万軒以上の家屋が全壊。静岡県から九州に至るまで広範囲で津波が発生し、戦争からの復興がまだ道半ばであった日本列島に多くの被害をもたらした。それから70年以上が経った今、南海トラフ地震の今後30年以内の発生確率は70〜80%と言われている。いざその時に、いかに被害を抑えるかが課題となっている。

静岡ライオンズクラブ(望月晴生会長/131人)は南海トラフ地震を意識し、昨年から沿岸部にある小学校にライフジャケットを寄贈している。昨年は静岡市立中島小学校のみだったが、2年目となった今年は、対象を市立大里東小学校、市立長田南小学校を加えた3校に拡大。10月27日には中島小学校で贈呈式を行い、その後実際にライフジャケットを児童に着用してもらう避難訓練も併せて実施した。

当初、中島小学校での贈呈式は全校生徒を集めて行う予定だったが、新型コロナウイルス感染症の影響で1年生だけを体育館に集めての実施となった。今年の贈呈数は3校合わせて195着。新入生の人数分だ。これを毎年続けることで、ゆくゆくは全校生徒分のライフジャケットを寄贈する構想だ。贈呈式では壇上に上がった児童たちにメンバーがライフジャケットを着せる。児童からは感謝の言葉があり、和やかな雰囲気で終了した。

11時30分からは全校で避難訓練。恒例行事であったが、こちらも新型コロナウイルスの影響で延期になっていたことから、クラブと学校側との協議の上、贈呈式の日に合わせて実施することを決めた。避難訓練前には各クラスで先生が避難時の注意点を伝えていたが、ここで目立っていたのが、児童たちの避難についての理解が深いことだ。それもそのはずで、中島小学校は防災意識が非常に高い小学校なのである。先生たちの危機管理意識が高く、学内でハザードマップを作成するなど積極的な取り組みが評価され、2018年には静岡県から知事褒賞を授与された。また学校単体だけでなく、地域住民や近隣にある中島中学校と協力して定期的に防災訓練をしている。

クラブも、昨年ライフジャケットを寄贈した際に、この防災意識の高さに驚かされたという。クラブが災害について強く意識し始めたきっかけが11年の東日本大震災だった。その後も日本各地で災害が続いており、ライオンズクラブとして災害時に子どもたちを守る活動に関心を持った。しかしこれまで静岡ライオンズクラブでは、こうした災害支援活動に取り組んだことがなかった。それからさまざまなクラブから意見を聞いたり、独自で調べたりして、ようやく昨年、このライフジャケット寄贈事業にこぎ着けた。その時に聞いた児童からの感謝の言葉に、望月会長は「我々静岡ライオンズクラブよりも防災意識が数段上だ」と感じたという。

こうした思いを持った人はメンバーの中でも多かったのだろう。昨年の寄贈以降、クラブの中で災害支援に対する意識が一気に高まったという。各地で豪雨などの災害が起こるたび、メンバーから支援しようという声が上がり、クラブとしても迅速に動くようになった。また、ライフジャケット寄贈は学校側や保護者からも非常に評判が良く、その後も継続することにした。そこに出てきたのが新型コロナウイルスの影響である。奉仕活動の計画は全てが予定通りには進まなくなった。だが、同事業の中止は避けたかった。大きな理由は二つある。一つは今年続けなければ、このライフジャケット寄贈事業が立ち消えてしまうのではないかという懸念から。もう一つは、災害の発生はコロナの収束を待ってくれないということだ。

学校側にもこの思いは伝わり、春には沿岸部の3校を対象とすることが決まった。しかし、その後の準備がなかなか進められない。今年は避難訓練を一緒に行うことで子どもたちにライフジャケットに実際に触れてもらうことも重要視していたため、準備は更に難しかったという。子どもたちのための奉仕活動なのに、彼らを不安にさせてしまうことは避けなければならない。新型コロナウイルスによる休校期間もあり、何度も打ち合わせを重ねて実施に向けて準備を重ねた。こうして半年以上の時間を掛けて、ようやく実現したのが今回の贈呈式と避難訓練だった。

静岡ライオンズクラブとしては今後もこの事業を続けていくと共に、規模を拡大していきたいと考えている。しかし、クラブ単体では予算も時間も限界がある。静岡県の沿岸部に限ったとしても、1クラブの活動では到底カバーしきれない。そのため、他のクラブと連携をし、活動を広げていくことを目指している。現に、静岡ライオンズクラブの取り組みを知った他のクラブからも問い合わせがあるという。いつかは起こる南海トラフ地震。その被害を最小限に抑えるためには、今出来ることを続けていくしかない。

2020.12更新(取材・動画/井原一樹 写真/田中勝明)