取材リポート 地元出身の五輪選手による
やり投体験教室を実施

地元出身の五輪選手によるやり投体験教室を実施

オリンピックの陸上競技では4種の投擲(とうてき)競技が実施される。砲丸投、円盤投、ハンマー投、そしてやり投である。このうち、助走が許されている唯一の競技がやり投だ。やり投のやりは800g(女子は600g)と、4種の中では最も軽い。最も飛距離の出る投擲競技でもあり、1984年には東ドイツのウベ・ホーンが104.80mという記録を出し、競技場内の他の競技者の安全性確保のため、飛び過ぎないようにやりの重心が変更された。

日本ではその危険性から、中学生以下のやり投の大会は行われていない。代替競技としてロケット形の「ターボジャブ」と呼ばれるボールを投げるジャベリックスローという競技が行われており、中学生を対象とした日本陸上競技連盟が主催するJOCジュニアオリンピックカップU16陸上競技大会でも採用された。その安全性から、2008年からは全国障害者スポーツ大会でも実施されている。

現在、やり投競技の第一線で活躍しているのが新井涼平選手だ。リオデジャネイロ五輪の日本代表選手であり、今年10月1日に行われた日本選手権では14年から続く7連覇を達成している。自己ベストは日本歴代2位の86.83m。来年に予定されている東京五輪でも代表選出が有力視されている日本が誇るアスリートだ。

11月9日、埼玉県秩父市にある聖地公園で、新井選手を講師に招きやり投体験教室が行われた。これは秩父ライオンズクラブ(吉田恵一会長/37人)の主催で開催され、聖地公園の隣にある埼玉県立秩父特別支援学校の児童、生徒を対象としたもの。秩父特別支援学校には知的障害のある人が通う小学部、中学部、高等部と、四肢に不自由のある児童、生徒が在籍するさくら棟があり、生徒一人ひとりに合わせた教育を推進することを目標としている。

秩父ライオンズクラブが秩父特別支援学校を対象として奉仕活動を行うのは今回が2回目。昨年、支援学校に在籍する相沢拓海さんが聖火ランナーに選ばれたことを聞き、学校の子どもたちが相沢さんを沿道で応援するための横断幕を寄贈したのが最初だった。そして今年、新型コロナウイルス感染症の影響で、秩父特別支援学校の学校行事等がなくなってしまったという話を聞き、子どもたちに何か楽しい思い出を、との思いから、やり投体験教室の企画がスタート。クラブが新井選手に打診し、実現に至った。

新井選手は埼玉県秩父郡長瀞(ながとろ)町出身。これまで秩父ライオンズクラブとの接点はなかったが、地元、秩父の特別支援学校の子どもたちのためならと、やり投体験教室の開催を快諾。ほぼメールでのやり取りとなった打ち合わせを通して準備を進めてきた。「皆さんがとても協力的で、初めての事業とは思えないほど苦労は感じませんでした。天気だけが心配でした」と上石有規幹事は語る。

そして11月9日。この日は朝から快晴で、寒くもなく、暑くもない、理想的な天気となった。聖地公園グラウンドの入り口には児童生徒が手形や折り紙などでデコレーションした横断幕を張り、拍手で新井選手と、同じスズキアスリートクラブ所属の長沼元(げん)選手を歓迎。新井選手はやり投の用具の説明などの後、模範演技としてやりを投げる。手拍子の中、投げたやりは広いグラウンドの反対側へ。その飛距離と迫力に子どもたちは大興奮の様子だった。

その後は実技体験。当初は小学部、中学部、高等部、さくら棟、それぞれから5人ずつ計20人が体験する予定だったが、新井選手の厚意により、全員が体験出来ることに。危険なので投げるのはやりではなく、ターボジャブや、その前身に当たるヴォーテックスという投擲具だ。一斉に投げ、それを回収し、次の人へ渡す。ヴォーテックスやターボジャブはうまく飛ばすとピューっと音が鳴る。新井選手と長沼選手が手本を見せ、その音を空に響かせていた。車椅子の子どもたちも、特別支援学校の先生やスタッフに助走を付けてもらい、投擲。予定よりも長く体験の時間を取ることが出来たため、何度も挑戦する子もおり、最後は支援学校の先生やスタッフ、ライオンズクラブのメンバーも加わり、普段出来ない体験に皆笑顔になっていた。

その後は新井選手、長沼選手への質問タイム。「好きな食べ物は何ですか?」「『鬼滅の刃(きめつのやいば)』は好きですか?」といった質問に加え、「人生を変えた人は誰ですか?」といった鋭い質問に対して2人とも丁寧に答えていた。中でも「今までで『ダメだこりゃ』と思ったのはどんな時ですか?」という質問に新井選手は「ものすごく絶好調な投擲が出来、ぐんぐんと飛んでいくやりを見て満足していたけれど、足がラインに掛かってしまっていて、ファウルになってしまった」と回答し、長沼選手は「おなかを壊していた時に大事な大会があって、おなかに力を入れるのが怖かった。でも成績は良かった」と答えるなど、ユーモラスな回答に子どもたちは大笑いをしていた。

質問タイムの後は児童生徒からお礼の言葉。児童代表が東京オリンピックでの活躍を願って作ったという金メダルとミサンガを2人にプレゼントした。これに対して新井選手は世界選手権で着用したユニフォームをサプライズでプレゼント。最後にクラスごとに記念写真を撮ってお開きとなった。

秩父ライオンズクラブにとっても、子どもたちの楽しそうな顔が大きな刺激になったという。秩父市内には他にもこのような障害者施設や介護施設がいくつかあり、今後はそうしたところへの奉仕活動にも取り組んでいきたいと考えている。

2020.12更新(取材・動画/井原一樹 写真/関根則夫)