取材リポート アオコを抑制し水質改善
神龍湖で空心菜の栽培

アオコを抑制し水質改善 神龍湖で空心菜の栽培

広島県庄原市東城町と神石郡神石高原町にまたがり、国定公園・帝釈峡が広がっている。公園内は石灰岩台地が浸食されて出来たカルスト台地に、広大な鍾乳洞が点在する。この帝釈峡の中心部に位置しているのが神龍湖である。地元の人にとっては幼少期に遊んだり、ワカサギ釣りをしたりと楽しい思い出の地で、皆に愛されている湖だ。秋には周囲の山々の紅葉が映り込んで湖面を赤く染め、その姿を見に多くの観光客が訪れる。

美しい自然が楽しめる神龍湖だが、実はダム建設のために生まれた人造湖である。日露戦争後、電力需要の拡大を受けて全国各地でダムが作られた。広島県でも例に漏れず、帝釈川ダムの計画が持ち上がる。1920年に着工され、4年の月日を掛けて完成された。こうして出来た湖は、上空から竜の形に見えることから神龍湖と名付けられた。

湖でよく問題になるのが、藻類が大量発生して湖面を埋め尽くしてしまうアオコ現象だ。水面が緑色に染まり景観が悪くなるだけでなく、アオコが大量発生すると、日光が水底まで届かなくなり水草が死滅する、岸辺に打ち付けられたアオコが腐って悪臭を放つ、水のろ過作業の障害となって浄水処理の効率が低下するなどの悪影響がある。日本では50年ほど前から環境問題として認識されており、海外でも大きな問題になっている。2007年には中国・太湖でアオコが大量発生し、市民の飲料水確保に影響が出た。14年にはアメリカ・エリー湖で、やはり同じような問題が起きている。この神龍湖では6年ほど前からアオコの発生が問題視され始めた。

この問題に一石を投じているのが神石帝釈峡ライオンズクラブ(三上人士会長/16人)である。クラブでは毎年、空心菜を神龍湖で水耕栽培している。空心菜は中国や東南アジアで炒め物やおひたしにして食べられている野菜。茎が空洞で水に浮く特徴を生かし、水辺から水面に進出する特徴がある。水上で栽培すると大量に根を伸ばし、アオコの発生原因となる水中の窒素、リンを吸収して育っていく。アオコの発生が多く見られるのは夏場だが、空心菜は暑さに強く大きく成長するため、アオコの抑制に効果があるという。

神石帝釈峡ライオンズクラブは、04年から岐阜県恵那市の阿木川ダムで空心菜を使って実施されている水質浄化実験に注目した。この実験の中心的な役割を担っているのが岐阜県立恵那農業高校の生徒たち。10年にはその取り組みが高く評価され「日本水大賞」の奨励賞に選ばれた。ちなみに同校は、愛知県・名古屋堀川ライオンズクラブと共に名古屋市内を流れる堀川でも空心菜による水質浄化の実験に取り組んでいる。神石帝釈峡ライオンズクラブは実験の指導に当たっていた森本達雄先生に連絡を取り、空心菜の水耕栽培についてさまざまな指導を受けた。こうして準備を進めた神龍湖での空心菜栽培は4年前、16年からスタート。しかし、当初は思いも寄らぬことの連続で苦労したという。

神龍湖は前述の通り、国定公園・帝釈峡の中に位置している。そのため、杭を打つなどの行為は基本的に許されていない。空心菜を植えたいかだをどう固定するか、というところが難しかったという。メンバーが社長を務める株式会社帝釈峡遊覧船の協力を得て、いかだを桟橋にヒモで固定した。また、神龍湖が人造湖であり、帝釈峡ダムの一部であることから、活動には中国電力の許可を得る必要もあった。

こうして何とか始まった空心菜の栽培。2年目からは地元神石小学校の児童に体験してもらっている。6月の植え付けから始まり、7月にいかだを浮かべ、9月末〜10月初めに収穫する。収穫した空心菜は小学校に寄贈。給食の食材として使用してもらうのだ。ところが、児童の体験が始まった年にいきなりトラブルに見舞われる。神龍湖に生息する白鳥が空心菜を食べてしまったのだ。参考にした阿木川ダムには白鳥がいないため想定をしておらず、思うような栽培が出来なくなってしまった。そこでクラブでは翌年から空心菜を植えたいかだにネットを張り、保護するようにしている。これにより、白鳥などに食べられることがなくなった。

今年は新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、中止するか小学校側と協議したが、野外での活動であること、教育的効果が高いことを鑑みて9月28日に収穫作業を実施することになった。当日は晴れ。5年生10人が参加した。メンバーはいかだを岸に上げ、カッターの持ち方が危ない子に注意をするなど、縁の下の力持ち。約30分かけて収穫した。その後は周辺の遊歩道の清掃活動を行った。何とこれは児童からの提案。総合学習の時間に神龍湖の魅力や自然をまとめる学習をしたことで、紅葉シーズンを奇麗な状態で迎えようと子どもたちが言い出したという。ライオンズ・メンバーも児童に協力し、道に散らばった落ち葉やゴミを集めた。

空心菜だけで広大な面積を持つ神龍湖の水を浄化出来るわけではない。だが、この活動を通して小学生たちに神龍湖をより身近に感じてもらい、同時にアオコの問題についても考える機会になっている。また、遊覧船の桟橋に固定して栽培しているため、観光客の目にも留まる。ライオンズクラブの取り組みとして多くの人に知ってもらうことが出来るという。今はまだまだわずかな量でしかない空心菜の栽培だが、今後は規模を広げ、奇麗な神龍湖の環境づくりに一役買いたいとクラブでは考えている。

2020.11更新(取材・動画/井原一樹 写真/関根則夫)