取材リポート 栽培観察学習のお礼に
高齢者無料マッサージ

栽培観察学習のお礼に 高齢者無料マッサージ
※この記事は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で取材活動が行えないことから、過去の取材記事(ライ オン誌2017年11月号クラブ・リポート)に最新情報を加え再編集したものです

「危険ですので黄色い点字ブロックの内側までお下がりください」
この言葉が耳になじんでいる人も多いだろう。そう、駅のホームで流れるアナウンスだ。今では定型となっているこの言葉だが、実は少しずつ変わってきている。以前は「黄色い線の内側まで」、その更に前は「白線の内側まで」とアナウンスされていた。この言葉の変遷には、視覚に障害のある人への配慮が関係しているのだ。多くのホームでは、電車が到着する縁から80cmほどのところに白線が引かれ、そのすぐ内側に点字ブロックが敷設されている。電車を待っている人が「白線の内側」に移動すると、点字ブロックの上に立つことになり、点字ブロックを頼りに歩いている視覚障害者の移動の妨げになってしまう。そのため、黄色い線、つまり点字ブロックの内側まで下がってもらうようにアナウンスが変わっていった。「点字ブロック」という表現の方が形や色の識別が難しい人に分かりやすいという利点もある。

視覚障害者にとって、この変化は非常に有益なものだ。しかしその一方で、町中では自転車や荷物、陳列台などが点字ブロックの上に置かれていることも少なくない。こうした状況を改善するため、点字ブロックの啓発活動が日本中で行われている。中でも茨城県立盲学校の活動はユニークだ。「点字ブロッくん」というマスコットキャラクターを作ったのだ。点字ブロッくんは「ブロッくんロール」といった曲でダンスを踊って啓発。今年1月から始まった県立盲学校のブログでも管理人として登場している。

茨城県⽴盲学校は県内唯⼀、乳幼児から成⼈の視覚障害者が通う学校だ。1908年、当時の森正隆県知事が私財を投じて設立し、初代校長に就任したのがその始まり。幼稚部から小学校、中学校、高校普通科に加え、あん摩マッサージ指圧師などを養成する理療関係学科を擁している。理療関係学科では臨床教育の一環として、あんまはりきゅう施術所を設置しており、地域の人に600円程度であん摩などの施術を行っている。

この県立盲学校と長く深い交流を持っているのが、74年12月に結成された美野里ライオンズクラブ(木村喜一会長/21人)である。クラブ結成時のメンバーの胸の中にあったのは、25年にヘレン・ケラーがライオンズクラブ国際大会で行ったスピーチの中の「盲人のために暗闇と戦う騎士になってください」という有名な一説だ。ライオンズクラブとして活動するのであれば、視力関連事業に力を入れたい。そんな思いから盲学校との交流が始まった。

交流の始まりは、チャーター・メンバー(結成時からのメンバー)である柳沢康雄さんが自らの研究農場を無償で提供し、盲学校の小学生を対象にした栽培観察学習だ。サツマイモとジャガイモを毎年交互に栽培し、⼦どもたちには実際に⾃ら触って体験してもらう。結成時から今までの45年間、毎年実施しており、子どもたちは毎回とても喜んでくれる。5月に植え付けをし、ジャガイモの年は7月、サツマイモの年は10月末に収穫をする。柳沢さんが亡くなった後も家族の方々が畑を無償で提供して、作物の手入れをしてくれている。美野里ライオンズクラブのメンバーも草刈りなどを担当し、協力して子どもたちを迎えている。植え付けや収穫などの作業の後はメンバーからの差し入れの果物を食べ、近隣を一緒に散策するのが恒例だ。畑のそばには冬に白鳥が飛来する池があり、豊かな自然環境で楽しい時を過ごせることも、子どもたちに喜ばれているゆえんだ。

この栽培観察学習が、クラブのもう一つの主力事業である高齢者無料マッサージにつながった。これは毎年、5月と9月に⾼等部理療科の⽣徒が高齢者にマッサージを提供するもの。小美玉市の四季健康館で実施するのが恒例となっている。栽培観察学習のお礼として学校側が提案したのをきっかけに始まり、今では地域の高齢者と盲学校との交流の場になっている。参加する生徒の数にもよるが、施術を受けるのは毎回20人ほどになる。リピーターが多く、予約受付を始めるとすぐにいっぱいになる人気事業だ。

マッサージを行うのは3年生の面々。1年生の頃から理療科で学び、3年生になると学外で行う理療実習に参加する。とはいえ、生徒たちは2年生から学内にある、あんまはりきゅう施術所で実践を積んでいる。その腕は確かで、引率の先生方が指導することも少ない。会話も弾み、高齢者にとっては若い人と話して心も体もリフレッシュ出来るひと時になっているようだ。

当日はライオンズのメンバーが作った昼食を皆で食べる。メンバーは毎回、地元の食材をメインに献立を考えて提供する。昼食時には、小学校から盲学校に通っている生徒から栽培観察学習の思い出が語られるなど楽しい時間となる。2017年に取材した際の生徒たちは皆卒業し、今は県内外の高齢者施設で元気に働いているという。

今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で3月から盲学校が休校。5月の高齢者無料マッサージも中止になった。栽培観察学習も植え付けはメンバーだけで行う。11月に予定している収穫も実施が可能かどうかは不透明な状況だ。もし、収穫の際に子どもたちの参加が不安視される情勢であれば、メンバーで収穫をし、給食や寮の食事などで役立ててもらうように寄付することも検討している。5月14日にはクラブから盲学校に手作りの布マスクと消毒用アルコールを寄贈した。先行きが見えない暗闇のような今の状況で、それでも美野里ライオンズクラブは盲人のための騎士となるべく、活動を続けている。

2020.06更新(記事/井原一樹 撮影/宮坂恵津子)
※写真は2017年9月取材時に撮影したものです