取材リポート
鷽替え神事を軸にした祭で
地域ににぎわいを
秋田県・横手かまくらライオンズクラブ
#人道支援
「替えましょ、替えましょ。うそをまことに替えましょう」
1月25日、時計が午後1時を示し、黄色いジャンパー姿のライオンズクラブのメンバーが掛け声を発すると、境内に集まった人たちは一斉に手に持った小さな封筒を交換し始めた。交換は終了の合図があるまで何度も繰り返され、境内はこの日一番の盛り上がりに包まれた。
この様子は、秋田県横手市の横手神明社(以下、神明社)で行われた「鷽(うそ)替え神事」の一コマ。横手かまくらライオンズクラブ(山岡功会長/51人)が同神社と手を携え、地域住民が集える場を作り、にぎわいを創出しようと2019年に初開催したイベント「鷽替え祭り」のメイン行事で、昨年に引き続き行われた。
封筒の中には鷽の絵が描かれたお札が入っており、進行役のライオンズ・メンバーから終了の合図があるまで交換を繰り返した後、各自一斉に開封する。中に金、銀、銅、木と書かれた当たり札が入っていた人には、それぞれ鷽をモチーフとした金、銀、銅のプレートや木製の鷽が授与される。いずれも神職によりお祓いが行われており、お守りとなる。
鷽替えは、天満宮や天神社といった菅原道真を祭る神社で江戸時代から続けられてきた神事。天満宮と鷽とのかかわりは、道真が蜂の大群に襲われそうになった時にどこからか鷽の群れがやってきて蜂を撃退したという言い伝えや、鷽の字が「學」に似ていることから学問の神様として知られる道真に縁がある、などと言われている。その鷽を「嘘」と掛け、過去の災いや凶事を嘘にして幸運に変えるのが鷽替え神事だ。
西日本から関東にかけての地域で比較的盛んに行われているこの鷽替え神事だが、東北地方では仙台など数カ所で行われる程度で知名度は低い。秋田県内で行うのは、この神明社だけである。福岡県太宰府市の太宰府天満宮では全国に先駆けて1月7日に執り行われるが、全国的には年の初めの「天神の縁日」である1月25日に行われることが多い。
午前10時、横手かまくらライオンズクラブによる鷽替え祭りが幕を開けると、神明社に徐々に参拝者が集まりだした。鳥居付近のブースでは、クラブのメンバーが例の小さな封筒を参拝者に配布する。
「この封筒は、午後1時からの鷽替え神事で使うので、それまでは開封しないでください」と説明し、境内へ進むよう促した。鷽替え神事はもともと、自分で彫った木彫りの鷽を交換し合っていたが、時代を経るにつれ神社で木鷽を用意し、参拝者がそれを買い求めて交換するという形になった。ただ、まだ鷽替え神事に馴染みのない横手市民に、木鷽を購入してもらうのは少し無理があるので、参拝者に無料で鷽札を配り、それを交換する方式にした。
境内には、神事の開始時間まで参拝者に楽しく過ごしてもらえるよう、射的や型抜き、雪の滑り台の他、やきそばやラーメンなどを振る舞う屋台が並び、落語の高座やジャズライブ、子どもたちによる明神太鼓の演奏も予定されている。神社でこうした催しを開くことになった経緯について、クラブの山岡会長に聞いた。
「2月半ばに、かまくらで有名な横手の雪まつりがあるものの、1月のこの時期には地元の子どもからお年寄りまで楽しめるようなイベントがありませんでした。近年、市街地の空洞化が目立ってきていますし、地域の活性化はクラブの命題でした」
そんな折、関西出身のメンバーから「鷽替えという神事を取り入れれば、地域活性化につながる催しが出来るかもしれない」という話が出た。これが、同じくメンバーである神明社の鈴木公子宮司の耳に入る。
「お医者さんの神様として知られる神明社ですが、5柱の祭神のうち1柱は菅原道真公で、以前から鷽替え神事を行ってみたいと思っていました」(鈴木宮司)
ただ、いざ行おうと思っても、氏子や地域の人に神事について知ってもらい、雪深いこの時期に集まって執り行うには人手が足りなかった。そんなところに、ライオンズクラブから鷽替え神事を中心にした地域活性化事業の提案があり、神明社も協力を約束。神事の他にも、クラブが総力を挙げてさまざまな催しを企画することになった。横手かまくらライオンズクラブは、市内の別のクラブから独立する形で、2017年12月に結成された新しいクラブ。メンバー全員が「まずは一度やってみよう」という気持ちにまとまったことも実現を後押しした。
話がトントン拍子に進む一方で、鷽替え神事を一度も見たことがない多くの横手市民に、自分たちの企画がどういうものかを知ってもらう必要があった。神事の内容や祭の全体像を地元のFMラジオや報道媒体を使って紹介すると共に、チラシやポスターを作成し、市の主要な場所に掲出する告知活動を行った。どれだけの人出があるかは未知数だったが、訪れた人を楽しませるノウハウは豊富だ。出し物や屋台などの出店に慣れているメンバーや、飲食店経営者、仕事やボランティアでイベント運営はお手のものというメンバーが力を発揮。初めての催しにしてはかなり本格的な内容でスタートすることが出来た。
その甲斐あって、昨年は500人という予想を上回る人数が集まり、参拝者からは「初めての経験で面白かった」という多くの声が寄せられた。
「昨年もそうでしたが、この時期の横手は雪深く、出店のテントを立てるにも除雪から始めなくてはなりません。今年はご覧の通り地面が見えている場所もあるほど雪が少ないので、市民の皆さんも出掛けてみるきっかけになるのでは」
今年の鷽替え祭を前にして、山岡会長は期待を込めて話していた。
昨年は、除雪した雪で子どもたちが遊ぶ滑り台を作ることが出来たが、今年はよそからトラックで雪を運んで何とか用意した。また、前回と大きく変わったのが、鷽替えを行う回数だ。前回は、当たる人が多い方が良いと考え、午前と午後の2回に分けて神事を行ったが、午前に来る人が多く、午後が極端に少なかったことを踏まえて、今回は午後の1回のみに変更した。この変更は果たして吉と出るか凶と出るか?
さて、冒頭の鷽替え神事、やってみるとこれがなかなか楽しいのだという。時間内に何度も交換しなければならないというので、知らない人同士が自然と声を掛け合っていく。交換を繰り返すうち、不思議と皆、声が大きくなっていった。交換の終了後、開封して出てくる札の多くははずれなのだが、クラブはここにもう一つ楽しい仕掛けを施した。封筒には数字が印刷されていて、それが抽選番号になっている。鷽替え神事が終わるとそのまま豪華景品が当たる抽選会へと移り、盛り上がった空気はそのままに、参加者はビールや日本酒、洗剤、調味料の詰め合わせ、食料品などを当てて持ち帰っていた。
近所に住む年配の人にこの日の感想を聞いてみると、
「昨年参加して、面白いと思ったので今年も来た。こういう催しがあると、にぎわいが出て良いと思う。また来年も楽しみにしている」と、ライオンズのねらいとぴったりの答えが返ってきた。一方で、中学生からは課題も挙がった。
「午前中から来ていたけれど、鷽替え神事を午後まで待たなくてはならなかったので寒かった。ストーブがもっとたくさんあったほうが良かった」
参拝者の中には「神事の時間にまた来る」と言って一度帰ってしまう人がいたので、境内は想定していたよりも人が少なめだったと山岡会長も話していた。最終的に参加者の数は約300人で、神事を2回行った前回より少ない結果となった。クラブは今回の結果を踏まえて検討を重ねていき、鷽替え祭りを地域に愛される行事として定着させ、より良い大きな催しにしていこうとしている。
2020.03更新(取材・動画/砂山幹博 写真/田中勝明)