取材リポート
一緒に上って下って
視覚支援学校の遠足支援
北海道・札幌アカシヤ ライオンズクラブ
#視力保護
2015年4月、札幌市中央区に北海道札幌視覚支援学校が開校した。これは江別市にあった旧北海道札幌盲学校と、旧北海道高等盲学校が統合され、移転したもの。幼児教育、学校教育に加え、北海道で唯一あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師の国家資格のための職業教育を行う学校で、3歳から60歳台まで幅広い生徒が通っている。道内の盲学校や弱視特別支援学級に関わる教職員への研究支援や、視覚障害がある子どもの成人までの教育支援を行うなど、北海道内における視覚障害教育の拠点となるよう取り組んでおり、「あいさぽセンター」という愛称で市民から親しまれている。
視覚支援学校に通う子どもたちが毎年楽しみにしている行事がある。それが冬の遠足だ。近年は市中心部から車で50分ほどの場所にある国営滝野すずらん丘陵公園が定番の行き先。冬期は滝野スノーワールドと呼ばれるスキー場がオープンし、そこで雪遊びを楽しんでいる。札幌アカシヤ ライオンズクラブ(向原邦彦会長/51人)は5年ほど前から毎年この遠足の支援をしている。
1月31日、今年も視覚支援学校の遠足が行われた。学年によって遊びは異なる。かんじきを履いて散策する学年もあれば、スキーをする学年もある。ライオンズが今年手伝うのは幼稚部の子どもたち。スノーチューブに乗ってコースを滑り降りるチューブそりと、そり山でのそり滑りをサポートする。例年は200mのチューブそりコースが運営されているが、今シーズンは雪が少ないため長さが半分、100mのコースが開放されていた。本来、200mコースの上まで運んでくれる「ロープトウ」と呼ばれる簡易リフトがあるが、これは運休。遊ぶためにはチューブを引っ張ってコースのスタート地点まで上らなければならない。
目の見えない子どもたちにとっては、一人でチューブを引いて山を上るのは難しい。そこでライオンズの出番だ。スノーチューブに子どもを乗せ、斜面を上っていく。滑り降りる際も一緒に乗り込み、子どもたちを抱いてチューブから落ちないようにする。上るのは大変だが、下るのはわずか20秒ほど。大はしゃぎの子どもたちに何度もチューブそりを経験させてあげようと、メンバーは上っては下るを繰り返して汗だくになっていた。
そり滑りはもっと大変だ。チューブそりのようにコースが区切られている場所ではないため、他の人に当たってケガをさせてしまわないよう気を配らなければならない。滑り出したそりに並走して、危険な時はすぐに止める。メンバーは大忙しだ。だが、子どもたちの楽しそうな表情を見ると、メンバーも自然と笑顔になる。こうして遊んでいるうちに、最初は緊張していた子どもたちもすっかり打ち解ける。自分の学んでいることや思ったこと、やりたいことをメンバーと話している姿は親子のようだ。昼食の頃には会話が弾んで止まらないほどになっていた。
アメリカでライオンズクラブが創設されてから8年後の1925年、年次大会でヘレン・ケラー女史がスピーチをし、「盲人の騎士」となるよう呼び掛けて以降、ライオンズクラブは視覚障害者の支援や視力保護の活動に重点的に取り組んできた。札幌アカシヤ ライオンズクラブの中でも「目のライオンズ」という意識は強く、クラブでは前身である盲学校時代からさまざまな支援をしてきた。
クラブ結成翌年の62年に点字印刷機を寄贈したことを皮切りに、音声テープや点字用タイプライターなどの物品寄贈に加え、除雪の手伝いや、クリスマス会への出席、青年の主張の実施など、クラブの支援は多岐にわたる。近年は比較的設備がそろってきたため、金銭奉仕ではなく労力奉仕を意識しているという。
目の不自由な子どもたちの遠足は、子ども一人ひとりに付き添いが必要になる。しかし、保護者が来られないケースも多いため、視覚支援学校の職員だけでは手が足りない。ライオンズクラブの支援は大きな助けになるという。
ライオンズ・メンバーにとっても大きな手応えを感じる事業で、特に新会員に好評だ。子どもたちと実際に触れ合うため、アクティビティの対象者からの反応がストレートに感じられ、奉仕活動の意義や喜びを身をもって実感出来る事業になっている。新会員からは事業後、クラブに入って良かったという感想が聞かれるそうだ。
メンバーが驚くのが、子どもたちの記憶力だ。声を覚えてくれていて、「また来たね」と言われることもある。また、視覚支援学校では夏も国営滝野すずらん丘陵公園に遠足に来ているが、スノーワールドが営業されていない夏の公園との違いを、視覚以外の観点から説明してくれる。目の見えない子どもたちがどのように世界を捉えているかが垣間見えて、勉強になるという。
長年支援してきた視覚支援学校が中央区に移転してきたことで、クラブの活動地域と学校が以前より近くなった。これにより、両者の関係はより緊密になってきている。クラブは今後も、公的機関の手が回らない部分で出来ることを手伝っていきたいと考えている。
2020.03更新(取材・動画/井原一樹 撮影/関根則夫)