取材リポート 視覚支援学校で特別な体験
ふれあい動物園

視覚支援学校で特別な体験ふれあい動物園

明治時代、大阪で活躍した実業家に盲目の五代五兵衛がいる。彼は一代で財を成し、私財を投じて目や耳の不自由な人の教育に尽力した。1848年、長男として生まれた五兵衛は、幼い頃からそろばんの速さでは他の追随を許さないほどの才覚があり、将来を嘱望されていたという。しかし15歳になった63年の暮れ頃、目に疼痛を覚え、翌年7月に失明してしまう。また、父六三郎が亡くなり、五代家は貧窮していく。窮地に立たされた五代家を支えたのが五兵衛であった。彼は日々さまざまな町家で按摩をしていた。按摩の最中にする世間話から仕事の周旋をしたところ、次々にそれが成功。五兵衛は周旋や不動産業を生業にしていく。こうして財を成した五兵衛は隠居後の99年、盲ろう教育の始祖とも言われる古川太四郎の講演を聞き、視覚、聴覚障害者を対象とした総合施設を構想するようになる。

その五兵衛が1900年に浄久寺の本堂を仮教場として開いた学校が大阪盲唖院だ。当初は私設学校であったが、07年に市に移管され、大阪市立大阪盲唖学校となる。23年、生徒数の増加などにより盲学校、聾学校に分離された。分離した大阪市立聾唖学校は、当時の文部省が推進する口話法が主流となる中、手話による教育を継続した学校としても知られている。こうして別々の道を歩んだ盲学校と聾学校だが、2016年にそろって府に移管され、大阪府立大阪北視覚支援学校と府立中央聴覚支援学校に名前を変えた。

大阪北視覚支援学校では長年、動物たちを呼んで「ふれあい動物園」を開催してきた。動物を見ることが難しい子どもたちは、動物に触ることでどういう生き物なのかを感じることが出来る。日常生活で多様な動物と触れ合う機会は非常に少ないため、ふれあい動物園は子どもたちにとっては得がたい体験を提供し続けてきた。

動物園によっては視覚障害者を対象とした展示やイベントを実施しているところもある。例えば東京の上野動物園では65年から視覚障害を持つ子を対象としたサマースクールを実施している。毎年夏に実施されるプログラムで、参加者には点字で作った参加証を渡し、動物に直接触れることが出来るとあって、非常に好評だ。近年では96年にオランダのロッテルダム動物園で始まった、障害を持つ子どもとその保護者を閉園後の動物園に招待するドリームナイト・アット・ザ・ズーというイベントが各地の動物園で開催されている。

しかし、そうした機会や場所はふんだんにあるわけではなく、学校に動物が来てくれるふれあい動物園は子どもたちにとっては大切な行事だった。だが、管理者が市から府に変わるに際して予算の削減が行われ、ふれあい動物園を実施するだけの予算が無くなってしまった。毎年、ふれあい動物園を楽しみにしている子どもたちにとっては残念なことであり、学校にとっても有意義な体験授業の一つが無くなってしまうことになる。この窮地に立ち上がったのが大阪東淀ライオンズクラブ(藪中盛夫会長/30人)である。クラブが資金を提供したことで、今まで通りの形でふれあい動物園が継続出来るようになった。

クラブと大阪北視覚支援学校との交流は深い。クラブが結成されてから46年間、毎年大阪北視覚支援学校の子どもたちをボウリング大会に招待してきたのだ。当初は卒業生を送る会として実施していたが、近年は5月に新入生を迎える会として実施している。学校入り口にある点字案内板もクラブが寄贈したものだ。また、大阪で開催されたライオンズ世界視力デー2010国際キャンペーンの際にはシド・スラッグスⅢ世国際会長(2010年-11年度)が来校。生徒たちと交流し、点字プリンターなどクラブがLCIF交付金を使用して寄贈した設備を視察した。

12月3日、ふれあい動物園が今年も無事開催された。大阪東淀ライオンズクラブが支援するようになってからは4回目の開催だ。校庭には朝からたくさんの動物たちが集まっている。牛、ロバ、ネズミ、ヒヨコなどさまざまな種類の動物たちに、子どもたちは歓声を上げる。犬にリードをつけて散歩をしたり、ウサギやヤギに餌となる野菜をあげたりすることが出来る。どの動物も人気だが、中でも子どもたちの反応が良いのはポニーだと言う。餌をやったり触ったりするだけでなく、乗ることも出来るからだ。乗った時のたてがみの感触なども子どもたちには新鮮なようである。また、ヘビを首に巻いての記念撮影は大人気で長蛇の列が出来ていた。

メンバーにとっても、大阪北視覚支援学校への奉仕活動は新たな発見が多い。例えば藪中会長は、入会して初めてボウリング大会に参加した時、子どもたちの姿に言葉に表せない感動を覚えたと語ってくれた。何歩で投げる位置に着くのか、入念に確かめ、投げた後はじっとピンの倒れる音を待つ。目が見えない人のボウリングとはどういうものか、それまで自分が考えてもみなかった世界がそこにあった。そして、自分が当たり前に生活している世界で、視力に障害がある人が想像以上の努力をしながら生きていることを改めて気付かされたという。頭では分かっていたことが実感を伴って理解出来た瞬間だった。

日常生活ではなかなか会うことのない動物に触り、においを嗅いで、声や音を聞くことが出来るふれあい動物園。子どもたちにとって忘れられない一日になったことだろう。

2020.1更新(取材・動画/井原一樹 撮影/関根則夫)