取材リポート
穫って、洗って、出荷。
夏の終わりのニンジン物語
北海道・千歳ライオンズクラブ
#青少年支援
「魚の切り身が海を泳いでいると、本気で思っている子どもがいるんです」
千歳市教育委員会を訪れた時、教育長からこんな話を聞いた千歳ライオンズクラブ(60人)の山口涼介会長は大きな衝撃を受けた。その一方で、クラブで取り組んでいる活動が今まさに求められているものであることが確信出来た、と振り返る。
その活動とは、千歳ライオンズクラブが一昨年から始めた食育推進活動だ。子どもたちに畑からニンジンを引き抜いてもらい、葉を落として洗浄し、袋詰めして店先に並ぶ商品に仕上げるまでの一通りを体験するという農業プロジェクトだ。
8月24日の土曜日、「すこやか学童クラブ」の児童24人と保護者、引率の指導員ら約60人が食育推進活動の会場となる「けーあいファーム」に集まった。ここは、活動の中心となっているクラブ・メンバー、五十嵐重明さんが経営する農場だ。学校の夏休みが短い北海道では、既に2学期が始まっているが、残り少ない夏の思い出作りにと、親子でニンジンと向き合う一日が始まった。
午前9時40分、集合場所のビニールハウスから徒歩1分の場所にある畑に移動すると、早速ニンジン掘りが始まった。葉をまとめて持ち、真上に引くと土の中からスッとニンジンが顔を出す。想像していた以上に簡単に抜ける感覚が面白いのか、抜くのに夢中になり、両脇にニンジンを抱えて畑を行き来する子が目立った。
抜いたニンジンは一カ所に集め、包丁で葉を切り落としてからコンテナに詰める。葉を落とす役は主にライオンズのメンバーと保護者が担当した。ニンジンであふれたコンテナを軽トラックの荷台まで運んで、畑での作業は終了だ。この後、機械を使ってニンジンを一気に洗浄する。
千歳ライオンズクラブで食育に関するアクティビティを検討していた時、けーあいファームの五十嵐さんから「収穫体験をやってはどうか」と提案があったのが全ての始まり。五十嵐さんは中学生を対象とする収穫体験プログラムのノウハウをアレンジし、2017年に初めて行った。昨年も実施予定だったが、収穫の時期に北海道胆振東部地震に見舞われて中止。それだけに、2回目となる今回は満を持しての開催となった。
野菜嫌いな子どもに無理矢理食べろと言っても、それで食べてくれる子どもはなかなかいない。だからまず、野菜に興味を持ってもらうことから始める、というのが五十嵐さんの戦略だ。
「子どもたちは収穫の後、ニンジンの袋詰めを行いますが、泥まみれだったニンジンが奇麗になって、袋詰めされ、店頭に並ぶ商品になるという過程を身をもって理解します。今回、自分で袋詰めした物には名前を書いたシールを貼ってもらい、それが実際にスーパーで商品として売られます。この体験が終わった後、子どもたちはスーパーでその様子を見ることになるでしょう。そして、次の機会にスーパーを訪れた時、これまで通り過ぎていたニンジン売り場に対する思いは以前とはずいぶん違っているはずで、畑から売り場に至るまでの一連の物語をきっと思い出すと思います。これが、野菜に関心を持つための第一歩になると考えています」
収穫する作物にニンジンを選んだのは、掘り出した時の姿と売っている時の姿が異なっていて、途中で人の手を介していることが分かりやすいから。また、畑で掘り出した時に、ヒビの入ったニンジンは取り除くよう子どもたちに伝えている。もったいないということ以上に、商品にならないものがあることを理解するプロセスも、このプログラムでは大事にしている。
ライオンズのメンバーは皆「野菜に興味を持ってもらえる良い体験」と自負しているが、事業の内容が分かりにくかったのか、参加者を集めるのには苦労した。市内の全小中学校で参加を呼び掛けてもらう想定で、第1回目の開催前に校長会で事業内容を説明した他、広告を出して参加者を募集した。が、エントリーがあったのは2組の親子のみで、知り合いに声を掛けてなんとか人を集めて実現させたという経緯がある。昨年は結果的には中止になったが、やはり参加者集めに苦戦した。
今回はたまたま3カ所の学童保育から参加表明があり、キャパシティーの関係でそのうちの一つ、すこやか学童クラブに参加してもらうことになった。話をよく聞いてみると、保護者からの参加要望が多かったという。保護者に訴えることが効果的だと分かったので、今後はアプローチの仕方を変えていこうと、クラブでは考えている。
ニンジンの洗浄を終えると、ビニールハウス内で昼食のカレー作りに取りかかった。男の子も女の子も、慣れない手つきで包丁を握り野菜を切る。さっきまで土の中にあったニンジンを切るのはどんな気分だろうか。
材料の下準備が終わったら、カレーの煮込みはライオンズのメンバーやお父さんお母さんに任せ、子どもたちはニンジンの袋詰めに挑戦した。透明の袋にニンジンを3本入れて、機械で袋を閉じ、価格が印字されたシールを貼っていく。価格のシールとは別に、自分の名前を書いたシールも一人2枚ずつ貼り付けた。袋詰めしたニンジンは、ライオンズのメンバーがタイミングを見計らってスーパーへ持ち込み、子どもたちがイベント後に行けば、ちょうど売り場に並んでいるようにする。
作業の後、昼食前に20分ほど「食育の講話」の時間を取り、少し野菜の勉強もした。野菜を食べることの大切さや、食べることで身体にどういう影響があるかについての説明があった。中でも興味深かったのが、野菜の摂取量と平均寿命の関係性について。ある年の厚生労働省の調べによると、北海道は野菜の生産量が日本一だが摂取量は全国34位で、平均寿命も34位。一方、野菜の摂取量が全国1位の長野県は平均寿命も1位となっており、野菜の摂取量が多いほど長生きの傾向が見られるとの説明があった。全般的に子どもでも理解しやすい内容だったが、子どもたちは終始、カレーのことが気になっている様子だった。
皆でカレーを食べ終わると、食育推進活動はお開き。子どもたちはきっと、自分の名前入りのニンジンを見つけ出し、買い求めているはずだ。
「最近の子どもたちは泥だらけで家に帰ると怒られるようですが、ニンジン掘りは、公然と泥だらけになれるから、子どもたちも楽しかったと思います。今日でようやく2回目が終わったばかり。この後、学童側からだけではなく、ライオンズのメンバーからもいろいろなアイデアが出てくるでしょうし、次はもっと進化した形で出来ればと思っています」(山口会長)
2019.10更新(取材・動画/砂山幹博 写真/宮坂恵津子)