取材リポート 福山名物として定着した
ライオンズ大茶盛

福山名物として定着したライオンズ大茶盛

福山松永ライオンズクラブの会員が帛紗(ふくさ)を取り出し折りたたみ始めると、それまで静かに座っていた客の間からくすくす笑いが漏れてきた。何しろこの帛紗、縦横60cmと風呂敷並みの大きさなのだ。しかもこれ、帛紗だけにとどまらない。茶碗(わん)や茶筅(せん)、茶杓(しゃく)、茶入、棗(なつめ)、釜など、全てが巨大な道具立てとなっている。茶杓は長さ44cmというから、遠目には孫の手にしか見えない。茶碗にいたっては高さ20cm、口径36cmと火鉢級の大きさだ。

そこへ運ばれてきたのは直径40cmの大皿に盛られた菓子。客はそれを、長さ57cmの巨大箸でつかもうとするが、そもそも箸を片手で持つことすら難しく、途方に暮れた様子を見せる。これは、福山松永ライオンズクラブ(矢野美弥会長/57人)の恒例事業「チャリティー茶会」での一場面だ。

同クラブのお茶会は1977年に始まった。「地域に良き文化を育てよう」と、当時の石井義清会長が発案。その年は表千家、裏千家、速水という三つの流派を招いて実施した。

その後、回を重ね、第4回の茶会を開く際、速水流の先生から「ライオンズクラブの皆さんも自らの席を作られたら」との強い勧めがあり、当時の割鞘清会長が決断。どうせなら、ちょっと変わった趣向をということで、大茶盛席を加えることになった。

奈良県・西大寺の大茶盛にヒントを得たものだが、奈良まで修行に行くには遠すぎると、探し回って同じ広島は廿日市の極楽寺を見つけ、指導を仰いだ。また廿日市ライオンズクラブの会員に極楽寺の大茶盛席の関係者がいたことから、道具類一式を貸してもらうことが出来、素人集団のライオンズ大茶盛席が誕生することとなった。

これが大評判となり、メンバーたちは大茶盛席を常設することを決定。そこでまず、自前の道具を用意することにした。茶碗や水指、建水などは尾道市にある有神窯(ゆうじんがま)の金野光賀(かのうこうが)さんと、福山市にある陶津窯(とうしんがま)の藤本明成さん(福山シティ ライオンズクラブ)に依頼。

クラブの依頼に応じて茶碗を焼いた藤本さんは、何事も勉強と思って制作したそうで、ろくろ工程から焼成まで約2割という縮小率、高台、飲み口を全体にするなどバランスに気を配ったと話す。そして同じ大きさ、形のもの10個を窯に入れ、素焼き10時間、木灰の釉薬をかけて本焼き18時間の後、窯出ししたところ完成品は4個だったという。現在もその一つが、福山松永ライオンズクラブの大茶盛席で活躍している。

また釜は割鞘会長が、伝統工芸の高岡銅器に代表される鋳物の産地、富山県高岡市まで赴き、著名な釜師である2代目畠春斎さん(高岡ライオンズクラブ)に懇願し、一斗(約18L)の水が入る大釜の制作を依頼した。畠さんも藤本さん同様、苦心を重ねて鋳造しながら、福山の名勝・鞆の浦にちなんで、釜胴には鞆の浦名物の鯛網をイメージした巴網地紋を施した。

高岡からやって来た大釜は、大茶盛席では毎回、福山松永ライオンズクラブに所属する彫刻家・松岡髙則さんが制作した大火鉢の上に乗せられる。火鉢は百年物の会津桐の根を使い、鉢胴には有名な禅語「破沙盆」の銘が入っている。沙盆はすり鉢のことで、破沙盆とは破れたすり鉢、転じて無用物のたとえとされるが、禅語では、鋭さを表に出さない円熟した悟りの境地という良い意味に用いられる。

こうして全て一級品で道具立てを整えた福山松永ライオンズクラブは、いよいよ大茶盛に力を入れ、茶席で亭主役を務めるための稽古を開始。最初の頃は、本番の3週間ほど前になると特訓に次ぐ特訓が課せられ、中には夜中にハッと目が覚め、「天井に巨大な茶碗が浮かんでいた」と幻覚を起こすメンバーもいたほどだという。

同クラブのチャリティー茶会は、以前は毎年開催されていた。が、しばらくして茶道関係者から、大茶盛で使っている茶碗に春と秋の絵柄があると教えられ、それ以来1年半おきに春と秋交互に開くようになった。

第27回となる今年は3月24日、JR福山駅に近い福寿会館での実施となった。福寿会館は福山城公園内にあり、本館、洋館などいくつかの建物が国の登録有形文化財になっている。今回の茶会は、福山松永ライオンズクラブ主催、福山シティ ライオンズクラブ後援、裏千家近藤宗祐社中協賛で開催され、本館の大広間が大茶盛席、茶室が裏千家席、洋館がくつろぎ席として三つの席が設けられた。ライオンズはこのうち大茶盛席とくつろぎ席を担当。大茶盛席ではお茶をたてる亭主役、それをサポートしながら大茶盛のいわれや道具の説明をする半東役、菓子やお茶を出すお運び役をメンバーが務め、たて出しのお茶は会員夫人と県立松永高校茶道部が協力してくれ裏の水屋でたてた。

水屋は会員夫人と松永高校茶道部が手伝い、たて出しのお茶をたてた

チャリティー茶会には毎回約500人が参加。参加者はメンバーによる受付を済ませると、大茶盛席から裏千家席、くつろぎ席と順繰りに回り、それぞれのお茶を堪能。また、本館からも洋館からも、庭園越しに福山城が望めるため、しばし日常の忙しさを忘れて、落ち着いた一時を楽しんでいた。

大茶盛は、西大寺で800年近く続く仏教行事で、その背景には「戒律復興」「民衆救済」「一味和合」という三つのキーワードがあるという。一味和合とは、一つの味を共に味わって、和み合い結束を深めるという意味だが、大茶盛の場合は巨大な茶碗を3人がかりくらいで抱え持ちながら回し飲みするため、特に和合を深めることに役立つ、と言われる。

今回初めて福山松永ライオンズクラブのチャリティー茶会に参加したという客の一人は、
「大茶盛席はお道具が全て大きくてびっくりしましたが、茶席全体が温かい雰囲気で、お茶もとてもおいしく感動しました。その後の裏千家席はお道具が小さくて(笑)。もちろん、そちらが普通なんですけど、大茶盛席との差が大き過ぎ、お茶碗を見た時、『あんなに小さいの!』と思わず声が出てしまいました」
と笑顔を見せ、福山城を望む会場のすばらしさと相まって、本当に参加させてもらって良かった、と話していた。

2019.05更新(取材・動画/鈴木秀晃 写真/宮坂恵津子)