取材リポート
学生たちとの熱い議論
化学反応で地元に活力を
群馬県・前橋ライオンズクラブ
#青少年支援
午後6時20分を過ぎると、群馬医療福祉大学・短期大学部本町キャンパスの一室にぽつぽつと人が集まり始めた。学生に交じって中年男性や老紳士の姿も見える。面々は、この日開催される「哲学カフェ」に参加するため、同校へ駆け付けたライオンズクラブのメンバーだ。学生とライオンズがひざを交えて議論をするこの催しは、ライオンズにとっては若い世代の声を直接聞くことが出来る貴重な機会。学生にとっては、普段なかなかお目に掛かれない地元企業の経営者と接することが出来る、またとないチャンスだ。互いにほぼ初対面。年齢差もある。言葉のやりとりは初めはぎこちなかったが、時間の経過につれて和らぎ、学生、ライオンズ共に有意義な時間を過ごすことが出来たようだ。
前橋ライオンズクラブ(番場義男会長/83人)が企画・運営を行う哲学カフェは、今でこそ世代を超えた議論の機会を提供するプログラムとなっているが、もともとは地元に有形の資産を残して地域社会との結び付きをより一層強めようとする世界的な活動(ライオンズクラブ国際協会100周年記念コミュニティー・レガシー・プロジェクト)を検討する中で誕生した。前橋ライオンズクラブはこのプロジェクトに取り組むに当たり、普段から一緒に清掃活動などを行っている群馬医療福祉大学・短期大学部に協力を求め、学生たちからコンペ形式で奉仕活動の企画を募ることにした。優秀なアイデアには報奨金が出るとあって、「トイレがある場所を可視化出来るようにするアプリ」や「前橋の偉人100人を選ぶ」などユニークなアイデアが多数集まった。最終的に選ばれたのが、学生とメンバーがお茶を飲みながら共に語り合う「哲学カフェ」の企画だった。
コンペでの評価が高かった哲学カフェだが、一つ大きな問題があった。
「有形の資産を町に残すのがプロジェクトの目的でしたから、時間や機会を共有するだけの取り組みに難色を示すメンバーもいました」とは、哲学カフェ実行委員会の堀越正和委員長。コンペに出された企画には、案内板や記念誌を作るといった形に残る企画もあるにはあったが、体験や機会を提供するような無形のものが圧倒的に多かった。頭を悩ませる堀越さんだったが、コンペ企画の中にあった「前橋の偉人」という言葉に光明を見いだした。
「クラブには地元企業の社長さんや会長さんが多く在籍しています。地域に対する貢献という意味では彼らも『偉人』に違いありません。地元の先輩として、地域の誇りとなるような話、自身の体験談などを直接学生たちに伝えてもらえないだろうかとお願いしたところ、有形にこだわっていたメンバーも理解を示してくれました」(堀越委員長)
ただ、コンペの企画内容のままでは哲学カフェはただのお茶飲み会になってしまう。哲学と名が付く以上、何かテーマを深掘りするような工夫が必要だと堀越さんは考えた。内容を検討した結果、参加者である学生とライオンズ・メンバーでテーマを決め、そのテーマに沿って議論を交わし、堀越さんがファシリテーターとなって意見をまとめていくことになった。2018年9月から3カ月に1度のペースで開催し、3月8日のこの日が3回目。前橋ライオンズクラブと大学との共催だが、趣旨に共感した前橋市内の他のライオンズクラブからの参加もあり、ライオンズ15人を含む参加者40人での開催となった。
午後6時30分。堀越さんからルールの説明があった後、2時間に及ぶ哲学カフェがスタートした。ルールは「人の話は最後まで聞くこと」と「批判的なコメントは避け、相手の意見がより良くなるような発言をすること」の2点だ。赤城、榛名、浅間など群馬県内の山の名前が付けられた六つのグループに分かれた学生とライオンズのメンバーは、グループ内で自己紹介をした後、20分ほど掛けてこの日何について議論をするかのテーマ出しを行った。テーマはその場の話し合いで決めるため、事前に話す内容を用意しておくのは難しい。学生もライオンズも日頃考えていることをベースに発言をしていかなければならない。
「学生が緊張するのは想像出来ますが、百戦錬磨のライオンズ・メンバーも普段学生たちと会話をする機会がほとんどないせいか実は緊張している人が多いです。話を引き出すのがうまいメンバーがいるグループは、学生も話しやすいようで議論も活発になります」(堀越委員長)
ライオンズのメンバーは会社のトップという立場柄、無意識のうちに意見がトップダウンになってしまいがち。哲学カフェでは学生と同じ目線で会話を進めないといけないので、傾聴の意識がないと議論を進めることが難しくなる。時にはヒートアップして自分の話ばかりになってしまったり、相手の意見にダメ出しをしたりする場面もある。そういう時は、ファシリテーターである堀越委員長の出番。先輩メンバーにさりげなく注意をして、より良い議論になるようにうまく促す。ファシリテーターは目だけではなく気を配ることも求められるのだ。堀越さんは主にライオンズのメンバーを受け持ち、学生側への注意は群馬医療福祉大学IR室長の平形和久さんにお願いして、2人体制で議論を見守った。
各グループからこの日話し合いたいテーマとして出たのは「シャッター街活性化のために」、「なりたい自分になるために」、「働き方改革」などで、総合的に判断して「働くということ」を共通テーマにした。テーマについて話し合った後、最後にグループごとに意見をまとめて発表する。最初は発言をためらっていた学生たちも、テーマが決まる頃には場の雰囲気に慣れたのか、身振り手振りを交えて会話の中心となっていた。
学生からの評判もおおむね良好だ。同校は福祉や医療のスペシャリストを育成している学校とあって、医療従事者を目指す上で「人との関わり方」に興味を持つ学生が少なくない。そういう意味では、自ら進んで人と関わる体験が出来る哲学カフェは格好の教材に違いない。実際、「短い時間だが成長出来た」という声もあった。
参加学生も増え、前橋市内の他のライオンズクラブも参加してくれるなど3回目にして哲学カフェは広がりを見せている。今後どのような規模に落ち着くかは未知数だが、年度内にもう一度開催し、来期は年6回の開催を目指す。ゆくゆくは、前橋市内にある全ての大学の学生と哲学カフェを行うのが堀越さんの目標だ。
「毎回、哲学カフェで学生からエネルギーをもらっています。そしてライオンズがそのエネルギーに真剣に応えることで、私たちが地域でどのような存在であるかを直接知ってもらうことが出来る。こうした活動を続けることで私たちの奉仕活動がより広がればいいと考えています」(堀越委員長)
活動を広く知ってもらうからにはライオンズのメンバーも襟を正さないといけない。哲学カフェで地元の大先輩から影響を受けて、参加した学生たちが誇りを持って地元に残ってくれるようになれば、地域はより豊かになっていくはずだ。それは、有形の資産にも勝るメリットであることは間違いない。
(取材・動画/砂山幹博 写真/宮坂恵津子)