奉仕活動オオムラサキ舞う
里山の魅力を伝えたい

オオムラサキ舞う里山の魅力を伝えたい

埼玉県のほぼ中央、都心から60km圏内にある埼玉県比企郡嵐山町(らんざんまち)の名は、渓谷と赤松林の美しい景観が京都の嵐山(あらしやま)と似ていたことに由来する。首都圏内でありながら山と平地の変化に富み、自然豊かな里山の風景が広がっているように見えるが、長く人の手が入らずに荒れた森林が多く残されている。とある工業団地の裏に広がる池に面した森も、2年近く放置されていた人工林だ。普段は釣り人ぐらいしか立ち入らないひっそりとした池のほとりに、このほど真新しい看板が立った。看板には、「東京シティ ライオンズクラブの森」とある。この森は同クラブ(水野秀一会長/61人)が2020年9月から里山の原風景を再生するために整備を進めているフィールドだ。

看板は12月15日にクラブの50周年を記念して設置されたもので、この日は月に一度の里山保全活動の日。パートナーシップを結ぶ特定非営利活動法人「樹木・環境ネットワーク協会」の指導の下、集まった8人のクラブ・メンバーは池付近を中心に下草刈りと落ち葉拾いを行った。

ところで、東京を拠点としているライオンズクラブがどうして埼玉県嵐山町を活動の場に選んだのか。水野会長にことの経緯を伺った。

「発端は、17年にライオンズクラブ国際協会が100周年を迎えたのを機に、当クラブを包括する330-A地区全体で環境保全を推進することになったこと。当クラブでも何が出来るかを考えることになりました」

検討するに当たって、東京シティ ライオンズクラブには一つだけ問題があった。環境保全を行うにもすぐに活動出来る場所がなかったのだ。

東京シティ ライオンズクラブの前身は、東京都世田谷区の駒沢に活動拠点を持つクラブだったが、いつしか駒沢に住むメンバーも減り、地元での活動もほとんど無くなった。ならばと、実態に合わせて「東京シティライオンズクラブ」と名を改めたのが約20年前。改称によって入会の間口が広がった一方で、ひと所で汗を流す労働奉仕の機会は失われ金銭奉仕が活動の中心となった。

「海外の小学校を支援するなど金銭奉仕はあったのですが、メンバーはそれだけでは寂しいと常に感じていました。皆で共に汗を流せる奉仕活動が長らく求められていた中での環境保全推進の話は、地域密着型の活動を始める良いきっかけとなりました」(水野会長)

「活動をするなら環境保全活動をしている団体と手を組んで」というのがクラブの掲げた基本方針だった。パートナーに選んだのは、東京や大阪に拠点を持ち里山保全活動で実績のある樹木・環境ネットワーク協会。同協会とは19年から協議を重ねて活動内容について模索していたが、20年になって嵐山町から「放置されたままの森がある」と協会に連絡が入った。タイミングの良さも追い風となり、話は一気に現実味を帯びた。

幸いクラブの50周年と重なったこともあり、新しい事業を始めるに当たってメンバーの同意も得やすかった。活動の場が埼玉県になる点についても、フットワークの軽い若いメンバーが多く、彼らが中心となって乗り合いを呼び掛けて行くので特に支障はなかった。

年度初めの7月からの活動開始を予定していたが、コロナ禍でなかなか集まることが難しく、9月になってようやく活動がスタート。嵐山町と樹木・環境ネットワーク協会、東京シティ ライオンズクラブとの間で結ばれた三者間協定により、活動は24年3月末までの3年半の計画と決まった。

12月15日、前日にはみぞれが降り気温の低下も懸念された4回目の作業日は、予想に反してポカポカの陽気に恵まれた。

初めて現地を訪れた時は、「ここで活動なんて出来るの?」と誰もがいぶかしむほど雑草木が方々に覆い被さる状態だったが、樹木・環境ネットワーク協会の指導者に道具の使い方や作業の方法を教えてもらい、少しずつ地道に下草刈りと除伐を行った結果、なんとか里山の森の姿を取り戻しつつある。既に季節は冬。生い茂るような雑草木はほとんど見当たらないが、いつもの通りメンバーは道具を手に取り作業を進めていた。

実は、正式にこの活動が始まる前、水野会長は数人のライオンズ・メンバーと共に、樹木・環境ネットワーク協会が行っている里山保全のボランティア活動に参加している。この時の体験で分かったことが、「ある程度下草を刈ってしまうと、1〜2カ月放置しても元の状態に戻ることはない」ということ。東京シティライオンズクラブの森は約1ヘクタールと広範囲に及ぶため最初は大変かもしれないが、そこさえ乗り切ってしまえばメンバーも無理なく整備作業を続けられるのではないかと確信したそうだ。

メンバー全員が作業に慣れていない現在は、下草の下に石や硬い切り株などがあると危ないので、鎌を使って丁寧に刈り取っているが、来期からは刈払機を使った作業も行うつもりだ。

下草刈りがある程度終わると、次はゾーニングという段階へ進む。どのエリアの樹木を残し、どこを切って新たに植樹を行うかを決める工程だ。

「ゾーニングによって来年以降の作業内容が明らかになっていきます。出来るだけわくわくするような楽しい計画を立てて、メンバーの参加意欲も高めていきたいです」(水野会長)

下草刈り後に改めて里山全体を見ると、元々あった散策路があらわになり、かつてこの場を整備していた人たちが植えたと思われるヤマツツジや山桜、ガマズミ、エノキといった植樹の痕跡が散策路沿いで確認された。特にエノキの樹液には国蝶オオムラサキが集まる。嵐山町はオオムラサキの生息地としても知られているのだ。

散策路の先にある山頂には比較的平らな場所があり、ここにも山桜が植樹されていた。伐採した木で椅子や机を作って配置すれば、春に花見を楽しめるし、池を見渡す公園のように整備することも出来る。夢は膨らむばかりだ。ゆくゆくは町の人々が里山の魅力を感じられる憩いの場になればとクラブでは考えている。

里山の整備活動によって生物多様性の向上が図られ、環境が維持されることは、SDGs(持続可能な開発目標)の一つにも挙げられている「陸の豊かさも守ろう」そのものだ。森が奇麗になることで犯罪や不法投棄を抑制する効果も期待出来、ライオンズクラブらしい社会奉仕活動にもつながる。

オオムラサキが舞う里山の森づくりはまだ始まったばかり。今後どのような姿になっていくのか、わくわくする。

2021.02更新(取材・動画/砂山幹博 写真/田中勝明)