取材リポート "いい風呂の日"に
高齢者施設へ温泉給湯

“いい風呂の日”に高齢者施設へ温泉給湯

11月後半ともなると、温かいお風呂が恋しくなる。湯に浸かって温まり、日々の疲れを癒やしたいという人が多くなる季節であることと、「1126=イイフロ(いい風呂)」の語呂合わせから、11月26日は「いい風呂の日」。業界団体の日本浴用剤工業会が定め、社団法人日本記念日協会が正式に登録、認定した記念日で、全国各地でお風呂にまつわるさまざまなイベントなどが開催される。2020年のこの日、群馬県沼田市でも例年通りある行事が行われた。午前10時少し前に、白いベストに身を包んだ沼田利根ライオンズクラブ(中嶋裕之会長/52人)のメンバーが同市利根町南郷地区にある日帰り温泉施設に集合した。

沼田市は、日本百名山に挙げられる赤城山や武尊(ほたか)山などの山々に囲まれた県北部の中心都市。市街地は、利根川とその支流によって作られた日本有数の河岸段丘の上に広がっており、2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」で一躍注目を集めた真田氏が5代にわたって居城とした沼田城の城下町として栄えた。南郷地区は、この市街地から約16km、車で30分ほど離れた山あいにある。温泉観光地としての歴史は比較的浅く、竹下登内閣時のふるさと創生事業を機に日帰り温泉の施設がいくつも出来た場所だ。ライオンズクラブのメンバーらが集まった「南郷温泉しゃくなげの湯」もその一つだ。

メンバーは用意してきた3000L分のタンクを温泉で満たし、市が運営する愛宕(あたご)老人ホームまでトラックで運び、施設の浴槽に注ぎ入れる。施設の入所者は、年に一度運ばれてくるこの温泉を楽しみにしているのだ。

愛宕老人ホームとライオンズクラブの関係は古い。46年前にクラブが、施設の目の前にあった長寿の池の清掃活動を始めた時からの付き合いだ。清掃の傍ら、メンバーが作ったおでんを入所者に振る舞うこともあった。その池が埋め立てられたことで清掃活動は終わってしまったが、代わって2001年から始まったのがこの温泉給湯活動だ。

当初の構想は、入所者を温泉地まで連れて行くというものだった。だが、冬の寒さで高齢者が風邪をひいてしまっては元も子もない。「ならば温泉を施設に運ぶというのはどうだろうか?」というあるメンバーの何気ない一言から、トントン拍子で話が進み、いい風呂の日(実際は施設側であらかじめ決められている入浴日に合わせて、11月26日の前後で実行日を決定)のこの活動が始まった。

最初に協力してもらった温泉施設は、湯量がそれほど多くなかったこともあって温泉をくむのに2時間近くかかってしまった。あまり時間が掛かり過ぎると湯の温度が下がってしまうので、2年目からは湯量の多いしゃくなげの湯に協力してもらうこととなった。確かにこちらの温泉施設は湯量が豊富で、敷地内には温泉スタンドがあり、15Lにつき10円で持ち帰ることも出来る。透明無色、源泉100%掛け流しとあって、近郊に暮らす人々を中心に根強い人気がある。

午前10時に開始のあいさつをした後、特に打ち合わせをすることもなく、くみ取り作業が始まった。毎年やっていることだからか皆手際が良い。巨大なタンクを積んだトラックを温泉施設に横付けすると、瞬く間に既設のホースを引っ張り出し、タンクに温泉をため始めた。タンクはこのアクティビティのためにクラブが用意しているものだ。

温泉の温度は約56度。3トン分の温泉水を愛宕老人ホームまで運んだ後、今度はタンクからホースを伸ばして浴場へ注ぎ、浴槽を満たすのがちょうど12時頃。午後の入浴時間には42度前後とちょうど良い温度になっている。ただ、これは作業がスムーズにいけばの話。もたつけば、外気にさらされる時間が長くなり、その分湯は冷めていく。

給水設備にトラックを横付け出来たしゃくなげの湯とは違って、愛宕老人ホームでは敷地の関係で、トラックを停める場所から浴場までの距離が30m近くある。そのため、建物の外でホースを這わせ、浴場の窓越しに注ぐ。ホースには途中で継ぎ手があり、うまく接続しないとそこから湯が漏れてしまう。この「ホースワーク」こそが、このアクティビティ最大の難所だ。ホースに沿ってライオンズのメンバーが配置され、タンクに設置したポンプから湯がホースへ流れていくと、次々に「(お湯が)来てる、来てる」の声が発せられる。浴場の前で待っていると、声が遠くで聞こえて間もなく、湯気を伴った温泉が勢いよく浴槽に放たれた。

「体が自由に動く人は温泉へ自由に行くことが出来ますが、ここの入所者はそうはいきません。年に一度ではありますが、温泉に入って頂くお手伝いが出来ることに喜びを感じています」(沼田利根ライオンズクラブ 田原進環境保全委員長)
過去には、待ちきれなかったのか勘違いか、給湯中に入所者が風呂場に現れたこともあったという。しかし最近では、大きな浴槽に浸かる機会は少なくなってきているようだ。

愛宕老人ホームの入所者は平均年齢が90歳、最高で105歳と、かなり高齢傾向にある。そのため入所者の普段の入浴には、転倒リスクと介助負担を軽減する介護用の入浴装置を使用している。だが「いい風呂の日」ばかりは、職員もこう口をそろえる。
「年に一度の機会。楽しみにしている入所者もおりますし、浸かるのが難しい方でも足湯だけでも温泉を味わってほしいと思っています」
「いい風呂」と言ってくれる人がいる限り、温泉給湯活動は続けていきたいとクラブは話している。

2021.01更新(取材・動画/砂山幹博 写真/田中勝明)