歴史科学万博つくばに
障害者・お年寄りセンター

科学万博つくばに障害者・お年寄りセンター
科学万博つくば’85の東ゲート近くに「障害者・お年寄りセンター」が建設された→『ライオン誌』85年5月号

1985年3月17日~9月16日の184日間にわたり、茨城県の筑波研究学園都市で「国際科学技術博覧会──科学万博つくば’85」が開催された。日本で開かれる国際博覧会としては70年の大阪万博、75年の沖縄海洋博に次いで3回目だ。「人間・居住・環境と科学技術」をテーマに、日本を含む48カ国及び37の国際機関、28の民間企業・団体がさまざまなパビリオンを出展。コミュニケーション・ロボットのつくば太郎・花子の兄妹を始めさまざまなロボットが登場、世界初のCGによるドーム型スクリーン映像や、数々のコンピューター、リニアモーターカーの乗車体験、1株で数千個の実がなる水気耕栽培のトマトなど、SF映画かマンガのような世界はまさに21世紀へのプレリュードだった。

日本中の少年少女、いや老若男女が胸躍らせるこの未来の科学の祭典に、全日本のライオンズは総力を結集して協力することを決定した。科学万博協力委員会(鴻巣徳次郎委員長)を設置し、地元の333-B地区(茨城県、栃木県)は会員一人3000円、333-B以外の333複合地区内(新潟県、群馬県、千葉県)は一人2400円、その他の国内各地区は一人600円を拠出。総額約1億2000万円を掛けて、会場東ゲートの近くに「障害者・お年寄りセンター」(450平方メートル)を建設した。センターには車いす100台を常置し、333-B地区会員を中心に毎日30人余のライオンズ・メンバーらが詰めて障害者やお年寄りが不自由なく万博を楽しめるようにお手伝い。更に図面入り点字ガイドブックや、弱視者用の大活字ガイドブック、音声テープも用意しセンターで配布する他、会場に来られない人たちにも科学万博の様子を感じてもらえるようにと、全国の点字図書館80カ所と盲学校70カ所に郵送した。

ライオンズが作成した図面入り点字ガイドブックと弱視者用の大活字ガイドブック

いよいよ開幕初日。これから半年にわたる大イベントが始まろうとする中、障害者・お年寄りセンターのライオンズ・メンバーたちは期待と不安でやや落ち着かない様子。室内を清掃し、車いすを点検し、お茶の準備を整え、テーブルやいすの配列も何度も見直した。やがてバス到着の知らせに、車いす20台を押して約50m離れた専用ゲートに駆け付けた。最初のセンター利用者は、千葉県・野田ライオンズクラブが招待した野田市内の身体障害者一行約100人。まずはセンターへ誘導し、メンバーが心を込めて入れたお茶を飲んで一休みした後、専任コンパニオンの会場案内と注意事項の説明を聞いてから、一行は目的のパビリオンを目指して出発した。この間にも予約外の障害者やお年寄りの来場があったり、午後からはあいにくの雨にぬれて帰ってくる車いすの方々の手や顔をタオルで拭うなど、メンバー一同大わらわの一日であった。

センターの一角に設けられたお茶席では、裏千家淡交会の協力で来場者にお茶の接待が提供された

会期中には、82年に亡くなった村上薫元ライオンズクラブ国際会長の縁で茶道裏千家淡交会によるお茶席が設けられ、毎日6人の有志が茶、菓子、道具類の一切を持参して来訪者をもてなした。科学万博担当大臣・竹内黎一科学技術庁長官が来場した際には、センターにいた障害のある人たちが歓声を上げて長官を取り囲み、握手攻めにした。中には感激のあまり涙を流す人もいて、メンバーたちも思わずもらい泣きするというシーンも見られた。休息に訪れたカナダ人の高齢者が1000円の寄付を置いていったり、アメリカから来た聴覚障害者に日本の手話が通じず、身ぶり手ぶりでコミュニケーションを図ったりというインターナショナルなエピソードもある。9月13日に皇太子殿下、同妃殿下(現・上皇ご夫妻)が来場されセンターに隣接する中央診療所に立ち寄られた際には、ライオンズを代表して鴻巣科学万博協力委員長らが謁見(えっけん)し、センターの概要とライオンズの活動について説明した。するとその翌日、両陛下のお志として宮内庁から一対の生花がセンターに届けられたのである。

科学万博がスタートした3月は不順な天候に加え、まだ認知度が低かったためかセンター利用者の1日平均は84人だったが、その後は急速に増えて6月にピークを迎え、結果的に期間中の1日平均利用者数は212人となった。つくば万博の総入場者に対するセンター利用者は0.2%で、大阪万博でライオンズクラブが運営した障害者センターの利用者0.08%と比べても大幅に増えている。これは、以前よりも障害者が外に出て活動しやすくなったという社会環境の変化だけでなく、ここでボランティアに努めるライオンズや、茶道裏千家有志、コンパニオンたちの心のこもったもてなしが人々の心を打ち、その評判が広がったからだろう。センターの様子はNHKテレビが5月18日と6月13日の2回、フジテレビが7月20日にライオンズの活動を主題に放映するなど、マスコミにも取り上げられ関心を集めた。

科学万博を見学する車いす利用者と、車いすを押すライオンズ・メンバー

科学万博つくば’85は9月16日、延べ2033万人の入場者を数えて閉幕した。障害者・お年寄りセンターの利用者は当初予想の2倍の4万人に上った。ライオンズクラブの障害者・お年寄りセンターでの活動は高い評価を得、閉会式では、万博を支えた陰の功労者の一員として紹介された。科学技術庁長官、厚生大臣、博覧会協会会長の感謝状に加え、センター利用者や一般の方からも数多くの礼状や記念品がライオンズの元へ寄せられた(『ライオン誌』85年12月号)

科学技術の発展により生活が便利になる一方で、人と人とのつながりは希薄になりがちだ。心の豊かさとはかけ離れて科学のみが進んでいるようでもある。ライオンズの障害者・お年寄りセンターは、科学万博の中心にあるべき「人の心」を体現した価値ある「展示」だったと言えるかもしれない。

2021.01更新(文/柳瀬祐子)