歴史障害者の自立を描く映画
「ユリ子からの手紙」

障害者の自立を描く映画「ユリ子からの手紙」
ドキュメンタリー・テレビ映画「ユリ子からの手紙」に出演したユリ子さん。中華料理店香蘭で「おそば係」として働く

かつて東京の山手線・代々木駅の近くに、香蘭という中華料理店があった。中華料理店というよりラーメン屋といった感じの小さな店で、椅子席はカウンターの五つだけ、あとは立ち食いだが、昼時ともなれば20~30人の行列が出来る。ラーメン1杯200円、チャーハン300円という安さで、質・量共に申し分ないのがこの店の魅力。そして大きな特徴が、店長を始め店で働く従業員全員が知的障害者だということだった。

従業員たちを育て、魅力ある店を作り上げたのは、店の経営者・林景徳さん(58歳/1980年当時)。台湾出身の林さんは戦後、教育者を志して東京大学に学ぶも中退、「香蘭」を出店した。最初から障害者のみの店にしようと始めたわけではない。64年、高度成長期の人手不足から、初めて知的障害者を一人雇った。その後次第に増えて、5年後には従業員10人中5人が知的障害者になった。以前からいた従業員からは「俺たちはここへ働きに来ているんだ、障害者の面倒を見に来ているんじゃない!」と抗議の声が上がった。職場の空気は乱れ荒れていた。最も苦しい時期だったと、林さんは述懐する。そして店の将来を見据えた決断を迫られた林さんが選んだのは、より険しいであろう、知的障害者と共に歩むという道だった。

林さんの決断から10年程後、国連総会は81年を国際障害者年とすることを宣言した。それは世界の人々の関心を、障害者が社会に完全に参加し、融和する権利と機会を享受することに向けることを目的としたものだった。林さんの信念に感銘を受けた映画監督の今村昌平は、国際障害者年にちなみ、香蘭を題材に心身障害者の社会的自立をテーマにしたドキュメンタリー映画を作りたいと考えていた。今村監督と言えば、後に「楢山節考」(83年)や「うなぎ」(97年)がカンヌ国際映画祭の最高賞、パルム・ドール賞するなど日本を代表する名監督だが、このドキュメンタリーについて資金面のめどは付いていなかった。そこに名乗りを上げたのがライオンズクラブだ。82年は日本にライオンズクラブが誕生して30周年に当たり、この間、障害者支援にも取り組み続けてきたことから、「30周年記念映画」として製作費を拠出することを決定したのである。会員一人当たり100円の協力金などにより合計3500万円が集められた。81年3月に完成した『ユリ子からの手紙』というタイトルのドキュメンタリー・テレビ映画は、4月から5月に掛けてフジテレビをキー局に全国32局で放送され、大きな感動を呼んだ。

香蘭は小さな店だが、昼時ともなると行列が出来た。従業員も大忙しだ

「ユリ子からの手紙」のテレビ放映を間近に控えたある日、ライオン誌が香蘭を取材した(『ライオン誌』81年4月号)。午前9時、一部の従業員が出勤してくる。スープに火を入れ、準備が始まる。10時頃には全員がそろい、11時に開店だ。経営者の林さんはこの頃に店にやってくる。が、最近は福祉関係の講演や知的障害を持つ親の相談などで忙しく、店の方は従業員を信頼して全面的に任せているのだという。記者が、従業員教育はどのようにやっているのかと尋ねると、即座にこんな答えが返ってきた。
「一生懸命指導しないんです。してはいけないんです。ただ、待つことです。この子たちはここへ来るまで『何をやらせてもダメなやつ』とさんざん言われてきました。自分でもそう思っています。しかし、誰でも何か一つくらい得手を持っているもの。それを発見して伸ばしてやる。それが自信につながります。自信を得た時、彼ら自身に大きな変化が表れる。そして何よりも大切なのは、まず私自身が彼らから信頼されることです」

林さんは従業員のことを「この子たち」と言い、彼らは林さんを「おじさん」と呼ぶ。そこにはゆるぎない信頼と親愛の情が感じられた。

昼時の12~13時頃が、1日の中で最も忙しい時間だ。店長のKさんを中心に、おそばの係、鍋物の係、会計、出前・・・とそれぞれが分担をこなし、チームワークで店が成立している。映画の主人公でもあるユリ子さん(31歳)はおそば係だ。会計係のM君は出前の受注、手配もし、出前係にテキパキと指示、更に盛り付けもする。出前係たちはおかもちを下げて徒歩で配達だ。夜20時半に店は閉店。売り上げの計算、掃除、そして翌日の仕込みに取り掛かる。21時45分、店長のKさんと会計係のM君が戸締まりをして、香蘭の1日が終了した。

夜20時半に店を閉めた後、清掃を行う

『ライオン誌』82年7月号に掲載されたインタビュー記事で、社会福祉法人全日本精神薄弱者育成会(手をつなぐ親の会)事務局長の皆川正治さんは、この映画についてこう話している(99年の改定以前、知的障害者は精神薄弱者と表現されていた)。
「(知的障害者を取り巻く)一番大きな課題は、75%の子どもたちが一般の就業に耐えうるということをもっと知って頂くことです。多少手が掛かるけれども、しっかりと教育すればやっていけるということを理解して頂きたい。そういう意味でライオンズクラブが作ってくださった映画『ユリ子からの手紙』は、私は腹にこたえてありがたかった。なかなかあそこまで描き出してもらえないんです。『親を蹴飛ばしてやりたい』という反面、自分の能力を『親に知ってほしい』という、矛盾した面を持っている。これを突っ込んで撮ってもらえました」

映画を見たライオンズクラブの会員からは、ライオン誌に次のような感想が寄せられた。
「胸につかえるぐらい切ない内容であるが、奇麗ごとにせずトコトン追求し、ユリ子の将来に希望を持たせると同時に、いつまた発作が起こるか分からない不安を残して終わらせていることが、我々の継続的な奉仕活動の必要性を示唆しているように思われた」

2020.10更新(文/柳瀬祐子)