奉仕活動仮設住宅に
正月用の支援物資を配布

仮設住宅に 正月用の支援物資を配布

2018年9月6日午前3時7分に発生した北海道胆振東部地震から、1年半が経とうとしている。国内の地震被害としては明治以降最大規模となる約4300haに及ぶ林地崩壊を発生させた大地震は、北海道全域に「ブラックアウト(大規模停電)」を引き起こすなど人々の暮らしや経済活動に大きな打撃を与えた。

特に被害が顕著だったのが、最大震度7を記録した厚真町だ。町内の広い範囲で大規模な土砂崩れがあり、233戸の住宅が全壊、37人の尊い命が奪われた(北海道胆振東部地震による全壊住宅は463戸、死亡者は44人)。

厚真町吉野地区の土砂崩れ現場。町北部約13km四方の山腹で多数の土砂崩れが発生した(写真提供:厚真ライオンズクラブ)

厚真町とその周辺では現在も、土砂などを積み込んだ大型のダンプカーがひっきりなしに行き来する。こうした復旧に向けた作業によって、農地や宅地へ流れ込んだ土砂は大方撤去され、山崩れ防止のための治山工事も進んでいるように見える。が、幹線道路を外れると、山腹が崩れたまま作業が未着手の場所が多く見られ、依然封鎖されている道路もある。風雨や雪、更なる地震などの影響で、今後二次災害が起こらないとも限らない。復旧の道のりはまだ遠そうだ。

地震による家屋の損傷やライフラインの断絶で住む家を失った人は避難所生活を余儀なくされ、その後仮設住宅に入居した人も少なくない。地震から1年が経った19年8月末の時点で、町内の仮設住宅(みなし仮設を含む)で生活する人は165戸、367人。不自由な仮設住宅で暮らす人たちを少しでも元気づけ、良い年を迎えてもらいたいという思いから、厚真ライオンズクラブ(高橋茂会長/35人)では、メンバーが正月用の食料品を直接届ける活動を行うことにした。

12月14日の午後1時、町内に点在する仮設住宅を訪問するために、食料品を詰めた紙袋を抱えたライオンズのメンバーが厚真町総合福祉センターを後にした。ここは厚真ライオンズクラブのメンバーが普段から集っている例会場で、地震直後に避難所の一つにもなった場所だ。

地震発生後、町内には7カ所の避難所が設けられた。避難所に入った人のうち、家屋を修復して自宅に戻ったり、家族や親戚の元へ身を寄せたりすることが難しい人には、仮設住居が用意された。これには町内の空き家や公営住宅の空き部屋が充てられたが、足りない分は道が用意して町有地に設置したプレハブ型応急仮設住宅で補った。厚真町にはこうした仮設住宅が集まる団地が八つある。長屋のような造りのプレハブ型仮設住宅は、出来るだけ同じ地区の住民同士が入るよう配慮されている。団地の多くは比較的町の中心部に近い場所にあるが、農業従事者など土地を離れることが困難な被災者には、個人向けのトレーラーハウス型応急仮設住宅が用意された。

紙袋を抱えたライオンズのメンバーが向かう先は、仮設住宅団地やトレーラーハウスが設置された場所だ。紙袋には、スティックコーヒーやインスタントラーメンの他、真空パックの切り餅に小豆缶詰、きな粉、海苔といったお正月に欠かせない日持ちのする食料品を詰め合わせた。

メンバーは六つの班に分かれ、受け持ちの仮設住宅を一軒ずつ訪問。ライオンズクラブであることを名乗り、被災したことに対してお見舞いの言葉を述べ、ささやかながら新年を迎える食料品を用意した旨を伝える。玄関先でちょっとした雑談に発展することもあれば、事前に訪問を伝えていないため留守にしている家庭もある。そのため、紙袋の中には来訪の目的をつづったメッセージカードを添えている。この日は、一つの班につき20軒近くを訪問した。

仮設住宅への訪問活動は今回が初めてではない。最初に実施したのは地震があった年の12月28日、被災後100日少々の頃だ。厚真町に暮らす厚真ライオンズクラブのメンバーも当然ながら被災者だ。中には仮設住宅で生活するメンバーもいる。地震から2週間余りの9月26日に、厚真町総合福祉センターで苫小牧のライオンズクラブが炊き出しを行ってくれることになり、参加出来るメンバーでこれを手伝ったが、クラブとしての活動は休止せざるを得ない状態だった。その後の活動について協議する理事会を開くためにメンバーが集うことが出来たのは10月16日。この時議題に上ったのが、全国のライオンズからクラブに寄せられた支援金の使途についてだ。厚真町への義援金として託された分は2回に分けて町へ贈呈したが、それとは別にクラブに対する見舞いの名目でも支援金が寄せられていた。

もう一つ、クラブが結成された1974年から続いている事業をどうするか、という問題についても協議する必要があった。その事業は、年末に80歳以上の独居老人宅を訪問し、正月用品を届けるというもの。そう、仮設住宅訪問の元になった取り組みだ。今回の地震があったことで、町内の独居老人が家族の元へ引っ越すなどして所在がつかめなくなり、事業の継続が困難であることが判明。支援対象が把握出来ないため、こちらの事業は一時中断することになった。代わりに浮上したのが、11月から第1期の入居が始まる仮設住宅を訪れ、支援物資を渡すというアイデアだ。これまでのノウハウをそのまま生かすことが出来る上、全国から集まった支援金を被災者のために活用することも出来る。こうして11月5日にメンバー全員の承諾を得た後に、新たな事業はスタートした。

「独居老人の方は年に一度顔を合わせる顔見知りでしたが、仮設住宅を訪れるのは初めて。住宅の平面図は手元にあるものの、表札を掲げていない家も多く、誰が暮らしているかは訪問してみないと分かりません。しかも、そこに住む人たちも仮設に移ってきたばかり。そんな中、事前の連絡なしで訪ねていくわけですから、正直不安でいっぱいでした」
クラブの高橋茂会長は最初の訪問時の気持ちをこう振り返る。

年末に初めて仮設住宅を訪れた後、年明けの2月末に再び支援物資を持参して訪問。この時は桃の節句にちなんだ甘酒や和菓子などを届けた。11月には空知ライオンズクラブの支援に同行。というわけで、2年目となった今回の訪問は通算4度目となった。住んでいる人の情報はある程度把握していたので、初回に比べて余裕を持って接することが出来たようだ。仮設住宅を訪れて会話をするようになったおかげで、これまであまり接点のなかった町民にもライオンズクラブの活動を知ってもらうことが出来たのは思わぬ収穫だった。

今後、この訪問活動はどうなっていくのかと尋ねてみると、仮設住宅で暮らすメンバーからこんな言葉が返ってきた。
「仮設住宅を利用出来る期間は2年間と決められています。ここで暮らす被災者は、その間に新しく暮らす場所を確保する準備を進めて退去しなくてはなりません。ただ、国内の他の被災地では期限を超えて仮設住宅で暮らしているケースがあるように、期限内に全戸が退去出来る状況になっているかは今の段階では分からないというのが正直なところです」

被災者は、どこまで行政に頼っていいのか、どこまで我慢すればいいのか、不安を抱えながら生活を続けている。ライオンズクラブとしては、この訪問活動だけに限らず、状況を見ながら行政と被災者の間に立って協力出来ることをしていきたいと話していた。

2020.02更新(取材・動画/砂山幹博 写真/宮坂恵津子)