テーマ 心とこころをつなぐ
マミーのクッキー

心とこころをつなぐマミーのクッキー

神戸市兵庫区湊川町にある会下山(えげやま)は標高80mほどの小高い山で、今は公園になっている山上からは神戸の市街地を見渡すことが出来る。桜の時期には多くの花見客でにぎわう会下山の西側に、ライオンズ福祉作業所クッキー工房マミーがある。1階に事務所、2階に厨房と作業室、喫茶室を備えた施設には、知的障害、精神障害のある利用者20人が通い、支援を受けながらクッキー作りに励んでいる。

午前10時半、工房脇の坂道から2階にある喫茶室へと通じる入り口を通って、一人、また一人といつものお客さんがやってきた。この日は月に2日オープンするカフェの営業日。カフェでは利用者がサービスを担当し、クッキー2個とコーヒーのセットを100円で提供している。毎回、ご近所の常連さん5、6人が集まって、1時間ほどおしゃべりを楽しんでいく。工房の休憩時間になると、クッキー作りや梱包の作業をしていた他の利用者たちも喫茶室に集まってきて、おばあちゃん世代のおしゃべりの輪に加わった。常連さんたちは普段から、施設まで徒歩で通ってくる利用者とあいさつを交わし、温かく見守ってくれている。

2年前に始めたこのカフェは、地域と施設との結び付きを強めることが目的だったが、今では地元夢野地区の地域包括支援センターから高齢者の居場所として認識されるようになり、障害者、高齢者の垣根を越えた地域福祉の交流拠点という役割も担っている。

1995年1月17日に阪神・淡路大震災が起こるまで、クッキー工房マミーのある場所には神戸母子寮が建っていた。1935(昭和10)年に建てられた神戸母子寮は、社会的に弱い立場にある母と子を助ける民間の保護施設で、震災当時は知的障害がある人を含めてさまざまな問題を抱える17家族37人が暮らしていた。木造2階建ての古い建物は、未明に襲った震度7の大地震で全壊。1階部分が潰れて母子と職員合わせて5人が命を落とした。母子寮は他に行き場のない母子のために施設再建を目指したものの、資金不足に加えて現在の建築基準では跡地の利用が出来ないことが分かり、存続が難しい状況に陥った。

その窮状を知って支援の手を差し伸べたのがライオンズクラブだ。全国のライオンズクラブから寄せられた義援金と、ライオンズクラブ国際財団(LCIF)の援助の一部を再建資金に充てることを決め、総工費4億7,200万円のうち約1億3千万円を提供。再建資金の目処がついたことで、神戸市から土地の提供を受けられることになった。更に母子寮の跡地には、ライオンズが約1億円を投じてライオンズ福祉作業所「クッキー工房マミー」を建設した。二つの施設は社会福祉法人神戸福祉会として認可を受け、335-A地区の元地区ガバナーが理事長に就くと共に、地元神戸のライオンズ・メンバーが理事を務めて運営に当たる。現在は森本克幸元地区ガバナー(神戸ホスト ライオンズクラブ)が4代目の理事長を務めている。母子寮の母親が安心して働ける場を作ろうとスタートしたクッキー工房マミーはその後、地域の障害者に働く場を提供する小規模通所授産施設となり、2007年には障害者自立支援法に基づく障害者福祉サービス事業所の就労継続支援事業B型の指定を受けた。

「理事長になって大切にしているのはコミュニケーションです。地域、職員とコミュニケーションを取りながら、利用者の皆さんに明るく、気持ちよく仕事をして頂きたいと思っています。私にとってはこれまでライオンズで学んできた奉仕が、ここで生かされているという思いがあります。クッキー作りは始めはなかなか上手に出来なかったようですが、研究を重ねてとてもおいしいクッキーを作れるようになりました。おかげさまで売り上げは徐々に伸びてきて、今年は過去最高となっています」(森本理事長)

マミーの一日は、朝9時のミーティングから始まる。スタッフと利用者が集合してその日の作業内容や担当について打ち合わせをし、全員でウォーミングアップの体操をした後、利用者は一人ずつ手爪の清潔さのチェックを受けてから作業に取り掛かる。厨房では粉の計量やトッピング、作業室では箱作りや袋詰め、商品に入れるメッセージ・カード作り、他にも洗濯や掃除など、利用者にはそれぞれの適性に合った仕事が割り振られている。クッキー生地の上に飾り付けをするトッピングや、検品を兼ねたシール貼りは特に根気と集中力を要する仕事で、担当の利用者はゆっくりとしたペースではあるが、真剣な表情で作業に向かっていた。作業の合間にはラジオ体操や施設周辺でウォーキングをして身体を動かして気分転換を図る。利用者の様子に目を配り、優しく、時には毅然とした態度でサポートに当たるのは、河田安弘施設長と4人のスタッフだ。

「ここではクッキー作りを通して、障害のある利用者の皆さんの生活援助を行っています。利用者の皆さんが規則正しく通ってこられて自身の生活リズムを作ること、そして楽しい居場所であることがこの施設の一番の目的です。とはいえ商品として販売する以上は障害者の施設だからと甘えることなく、期限までに納品しなければなりません。作業を急がせることも出来ませんから、その分スタッフが献身的にがんばってくれています。利用者の皆さんも納期を守って良い商品を収めなければならないという意識を持っていますし、本気で取り組むスタッフの姿を見て多くのことを学んでいると思います」(河田施設長)

工房で作られたクッキーの販路の確保には、当初からライオンズが協力してきた。取引先の一つ、神戸港の観光船ルミナスには、20年以上にわたって船をかたどった特製クッキーを納めている。ライオンズクラブの周年行事で使う記念品の注文も多く、それによって安定して施設の運営が出来ている。マミーのクッキーは素朴でおいしいと、評判は上々だ。自分たちの作ったクッキーが多くの人に喜んでもらえることが、利用者の誇りとなっている。

2018.03更新(取材/河村智子 写真・動画/田中勝明)
2018.0315更新