フォーカス ドングリを育苗し、土地の
生態系にかなう森づくりを

ドングリを育苗し、土地の 生態系にかなう森づくりを

1995年のある日、主人が「銀座のオフィスで電話当番をする仕事があるんだけど、やってみる?」と言ってきました。ちょうど3人の子育ても一段落、銀座が大好きなこともあって、私もごく軽い気持ちで「いいわよ!」と返事しました。それが、日本沙漠緑化実践協会という団体と関わるようになったきっかけです。後になって知らされたことですが、主人はその会の理事の一人と親しくしており、病いで入院せざるを得ない事務局長の後任を探していて、私に的を当てたようです。

そんなわけで勤め始めたものの、2日後に事務局長さんが入院。さすがに途方に暮れました。その時、郵政省への助成金申請の期日が迫っていたんですが、私には初めてのことで、何が何やらさっぱり分かりません。でも、やらないわけにはいかないので、事務をされていた若い女性にイロハから教えてもらい、何とか申請を完了させました。そして気が付いたら、NGOの事務局長に就任することになっていました。

土浦ライオンズクラブは2019年9月29日、結成55周年記念事業として、筑波ライオンズクラブと共に筑波山神社本殿裏にサカキの苗200本を植樹した

日本沙漠緑化実践協会は91年に、クブチ沙漠(中国・内モンゴル自治区)でボランティアと共に緑化活動を行った故遠山正瑛博士(鳥取大学名誉教授)が設立されたNGOです。遠山博士は鳥取砂丘を実験地として砂丘農業のノウハウを確立され、84年には沙漠研究所を開設して中国の沙漠緑化に乗り出しました。そして、日本沙漠緑化実践協会を中心に活動を展開され、クブチ沙漠では約2万ヘクタールの緑化に成功するなど、多大な功績を残されました。多い時で1年間に1000人ぐらいのボランティアが植樹のため日本から派遣され、私はその調整役として、2000年まで遠山博士のお手伝いをさせて頂きました。

その後、中国だけではなく、より広く国内外での緑化活動に取り組みたいと考え、00年に地球の緑を育てる会を設立しました。この時、協会の理事長をされていた須藤高志さん(地球の緑を育てる会副理事長)を始め、協会の理事など多くの方が賛同してくださり、会の設立に至りました。そして、須藤さんが国際生態学センター長の宮脇昭博士(横浜国立大学名誉教授)と親交があったことから、宮脇博士に指導を仰ぐことになりました。私は博士とは初対面だったんですが、お目にかかったその日に、「僕が応援してあげるから、今日からでも会を始めなさい」と強く背中を押してくださり、その通り家に帰ってすぐに自宅を事務所に会を立ち上げました。それから正式に、理事の一人が関係する東京・神田のビルの一室に事務所を置き、宮脇博士が実践するドングリポット苗の育成に取り組み始め、国内の緑化事業に力を入れるようになりました。

現在は筑波山周辺を主なフィールドとして活動していますが、それは息子がつくば市の国立環境研究所に勤め始めたのがきっかけでした。広くて緑が多い、つくばのすてきな環境に魅了され、ちょうど主人を亡くした後だったので、息子夫婦と二世帯で暮らすのもいいかな、と思って土地を探し始めました。結局、息子は研究のためアメリカへ行くことになり、二世帯住宅は実現しなかったんですが、その時、土地探しを依頼した不動産会社の社長といろいろな話をする中、問わず語りで苗の育成や植樹の計画を話しました。

するとその社長が、「じゃあ広い土地が必要でしょう。よかったら所有している土地を使ってください」と言ってくださったんです。それが現在、会で苗を育てている圃場(ほじょう)なんです。全部で2.8ヘクタールあるんですが、最初は隅をお借りして苗を育て始めました。ただ、先方のご好意もあって徐々に中央まで進出し、更にその社長がダチョウを飼育する予定で建てたというきゅう舎もお借りすることが出来、今では広大な敷地のほとんどを使わせて頂いています。

また、須藤副理事長が若い頃、明るい社会づくり運動の提唱者である庭野日敬師の秘書を務めていた関係で、明るい社会づくり筑浦協議会に協力を要請し、育苗の協働事業が始まりました。異なる二つのボランティア団体が、一つにまとまるのは珍しいと言われますが、どちらも、力まずに出来ることをやってみようと、自然体で取り組んだことが良かったんだと思います。

地球の緑を育てる会の水源の森プロジェクトに協賛した土浦ライオンズクラブの森

そんなわけで、つくばを活動拠点としたことにより、さまざまな縁に恵まれ、会の育苗事業を軌道に乗せることが出来ました。また、これも人と人とのつながりなんですが、学校や企業などとマッチングしてくださる方がいて、そうした方たちの紹介で、依頼のあった所に苗を提供したり、育てた苗を活用して植樹をするようになりました。それらの活動が少し遠方ばかりだったので、地元のつくば周辺にも植えたいね、という声が関係者から上がるようになりました。そこで、茨城県のシンボルである筑波山での植樹を検討してみました。

ただ、筑波山は国定公園になっており、ほぼ全域が自然公園法に基づく特別保護地区と特別地域に指定されています。そのため樹木の伐採や植栽、土地の形状の変更などはまず無理だと思っていたんですが、私をライオンズクラブに誘ってくださった矢口幸一さんが、筑波山のうち筑波山神社が所有する土地は神社の許可を得れば植樹が可能と教えてくださり、神社の方を紹介してくださいました。

筑波山神社は354ヘクタールという広大な神社林を持っていますが、一部戦後植えのスギ、ヒノキ、マツなどの針葉樹林で、手の行き届かない場所もあることを伺いました。そこで、それらのエリアを間伐し、宮脇博士の実践する常緑・落葉広葉樹を植えて、防災効果もある水源の森として再生をしたらどうかと神社に提案。神社側からも快諾を頂き、筑波山での植樹が始まりました。こうしてすばらしいご縁に恵まれながら、育苗も植樹も本格的になり、私も住んでいた横浜からつくばみらい市に居を移しました。

地球の緑を育てる会の圃場では毎年2万〜3万本の苗を管理・育成している

筑波山での植樹は考えていたより困難を極め、育ちの良くないスギ、ヒノキ、マツなどを間伐したり、山にはびこるシノダケを伐採したりして、土地を開墾することから始めました。気の遠くなるような作業でしたが、あきらめずにコツコツと開墾を続け、まとまった開墾地が出来ると植樹祭を開催して、シイ、タブ、カシなど土地本来の常緑樹を植えてきました。この水源の森づくりには、多くの団体や企業が関わってくださり、これまでに合計4万本を超える苗を植え、初期の頃の植樹場所は大きな森を形成しています。

私が所属する土浦ライオンズクラブも結成50周年の14年から植樹に加わり、その後も定期的に活動をしてくれています。今年は9月29日に結成55周年記念事業として、筑波ライオンズクラブと合同で植樹を実施しました。これは当会で育てた苗ではなく、神社ゆかりのサカキの苗を植えたものですが、志を同じくする仲間が増えていくことはうれしいことです。

これまで私たちの会は、苗を育て、その木を植えることに特化して活動してきましたが、幸いにこの圃場はとても広いので、今後は木や土と触れ合いながら、幼児からお年寄りまで世代を超えて人々が集まる、交流型の広場として活用出来ないかと考えています。そして、その交流を通して、環境課題に目を向ける人たちが一人でも多くなってくれることを期待しています。

2019.11更新(取材・構成/鈴木秀晃)

いしむら・あやこ:特定非営利活動法人地球の緑を育てる会理事長。1943年、中国・大連生まれ。戦後、日本に帰国し、父の故郷である茨城県古河市で中学までを過ごす。東京女子大学卒業後、日本興業銀行外国部に勤務。95年、NGO日本沙漠緑化実践協会事務局長に就任。2001年、地球の緑を育てる会を設立。15年、土浦ライオンズクラブ入会。