テーマ被災地を走る井原線橋脚に
中学生が壁画を制作

被災地を走る井原線橋脚に中学生が壁画を制作

2018年7月5日から8日にかけ、日本列島は広い範囲で記録的な大雨に見舞われた。この豪雨により西日本を中心に河川の氾濫や洪水、土砂災害などが多発、消防庁の集計で死者263人、行方不明者8人という大惨事となり、平成最悪の水害と言われた。

最も被害が大きかった地域の一つ倉敷市真備町(まびちょう)では、7日深夜に真備町を東西に流れる小田川が越水。更に小田川とその支流の末政川、高馬川で堤防が決壊し、真備町は広範囲で冠水した。土木学会の調査によると、浸水の深さは南北1km、東西3.5kmの範囲で5mを超え、最大で5.4mに達した所もあった。浸水面積は真備町の約4分の1とされるが、中心街の有井地区や官公庁が集まる箭田(やた)地区など、住宅や事業所が集中する地域が水に浸かっており、世帯数で見ると半数以上の4600戸が被災。市町村単位では最も多い51人の方が亡くなった。

その真備町でこの夏、井原鉄道井原線の橋脚に、地元・真備(まきび)中学校美術部の生徒が絵を描くプロジェクトが再始動した。倉敷真備(まび)ライオンズクラブ(武本圭介会長/24人)が05年から取り組んでいる事業で、昨年は同中の創立50周年を記念した絵を制作する予定だったが、西日本豪雨で学校が被災したため中止となった。7月14日に同中北側の井原線高架下で行われた「井原線橋脚に絵を描こう『始まりの会』」では、倉敷真備ライオンズクラブの武本会長らが生徒たちを激励。現場に集まった部員たちもそれに応え「卒業して一緒に描けなかった先輩の分までがんばって仕上げたい」と意気込みを見せた。

絵柄はこの春に卒業した先輩たちがデザインしたもので、「気球に乗っている吉備真備(きびのまきび)と桃太郎が、猿やキジ、犬と一緒に、真備中の50周年とその未来を見守っているような絵」だという。そんな先輩たちの思いを引き継いだ部員たちは、この日から交代で現場に足を運び、丁寧に壁画を描いた。

当初は8月初旬の完成を目指していたが、作業開始後すぐに夏休みに入ったことと、先輩の思いを受けて張り切ったからか、予定よりだいぶ早い7月26日に完成。進行状況を聞きつけ、差し入れを持って駆け付けた倉敷真備ライオンズクラブの会員たちがその労をねぎらった。

その後、クラブで用意した足場の撤去などを行い、8月20日に改めて完成式を実施。式には井原鉄道の鳥越肇井原駅長、真備中学校の根馬英伸教頭を始め、制作に携わった真備中学校美術部員と、事業を企画した倉敷真備ライオンズクラブ会員ら約30人が参加した。その中で同中美術部長の丸山ひな梨さんは「地域の人たちに支えられ壁画を制作することが出来ました」とあいさつ、1年越しで描き上がった壁画を前に、参加者全員で完成を祝い合った。

倉敷真備ライオンズクラブの「井原線橋脚に絵を描こう」の事業は05年のスタートだが、その前段として、倉敷市と合併する前の真備町によって03年に壁画制作が実施されたことがあった。この時は、倉敷芸術科大学の学生が、井原鉄道川辺宿駅の橋脚に横溝正史の探偵小説に登場する金田一耕助の影絵を描いた。そして真備町が倉敷市と合併した05年、それまでの真備ライオンズクラブから名称変更した新生・倉敷真備ライオンズクラブがその事業を継承。井原鉄道と交渉の上、青少年育成にも役立てようと、吉備真備駅に近い真備中学校と川辺宿駅に近い真備東中学校に声を掛け、橋脚をキャンバスに、地域をPRする大きな絵画を描いてもらうことにした。

当初は単年度の企画だったが、地域や学校からの反響が大きく、クラブ内で事業の再開を検討。その結果、08年から継続事業として取り組むことになった。クラブでは足場と画材を提供し、メンバーの会社に協力してもらって絵を描く部分を白く塗って下地を整えている。絵の題材は各中学校に任せているが、真備のPRという視点は外さないようにしてもらい、美術部員たちが自分たちの地域を見直す機会にもしている。

真備は、奈良時代の学者で遣唐使として中国に渡り、後に右大臣にまでなった吉備真備の古里で、町名もそれに由来する。また、第二次世界大戦末期に父親の出身地である真備に疎開し、そこで本格推理小説『本陣殺人事件』を執筆。後にシリーズとなる金田一耕助を登場させ、真備を始め岡山を舞台に活躍させた横溝正史ゆかりの地でもある。こうしたことから、生徒たちはこれまで、壁画の題材として吉備真備や金田一耕助、また特産であるタケノコなどを選んで絵を描いている。

真備東中学校は数年前から学校の都合で参加見送りになったものの、真備中学校は昨年の水害時を除いて毎年、壁画制作に参加。3年生を中心にデザインを考え、夏休みの期間中、何人かずつが交代で絵を描いてきた。今年はそれに加えて、井原線橋脚と同じデザインでモザイク画も制作。そちらにも人数を割かねばならなかったが、例年にないハイペースで絵を描き上げた。

真備中学校も真備東中学校も西日本豪雨で被災。真備中学校は2階の窓付近まで浸水するなど甚大な被害を受け、生徒たちは現在、真備東中学校のグラウンドに建てられた仮設校舎で学んでいる。生徒の多くはまだ真備に戻れておらず、地区外の仮設住宅などから、市が手配したスクールバスで通学している。

そんな状況での壁画制作だけに、倉敷真備ライオンズクラブの会員たちも感慨ひとしお。
「学校は仮設校舎であったり、町外からの登校であったり、まだ普段の生活に戻れていない中、生徒の皆さんが一生懸命制作に取り組んでくれて、本当にありがたかった」
と、倉敷真備ライオンズクラブでこの事業を担当する青少年育成委員会の田村龍一委員長は話す。

8月20日に行われた「井原線橋脚に絵を描こう『完成式』」

また、武本会長も、
「去年の水害でメンバーも被災し、クラブとしては復興途上ですが、先輩の思いを引き継ぎたいという生徒たちの熱い気持ちもあり、井原線の橋脚に絵を描こうの事業だけは絶対にやりたいと思っていました。全国のライオンズクラブが寄せてくださった多額の支援金の一部を使わせて頂き、被災後初の事業として実施することが出来ました。改めてお礼申し上げます」
と述べ、当面は毎月1回ずつクラブの会合を開きながら、来年にはぜひ元のクラブの姿に戻したい。その意味でも「井原線橋脚に絵を描こう」の事業を再開出来たことは大きな一歩になった、と話していた。

2019.10更新(取材/鈴木秀晃 写真・動画/田中勝明)