取材リポート "山登り"は一石三鳥の
生きた教材

“山登り”は一石三鳥の生きた教材

6月30日、新潟ロイヤル ライオンズクラブ(圓山征一会長/28人)の「自然とふれあう遊々計画」に則した事業が実施された。「自然とふれあう」のキャッチフレーズ通り、本来は登山を始めとした野外活動が中心となるはずだったが、早朝から降り続く雨のため、やむなく予定を変更。屋内活動のみに切り替えた。

山登りに替わるプログラムとして、あらかじめ用意していたのは、大きなガラス温室と広大な屋外園地で植物を楽しめる新潟県立植物園の散策だったが、当日はたまたま近くの新津美術館で、高い人気を誇る「魔法の美術館」が開催中だったため、臨機応変に予定を変更。親子で体験型アートを楽しんでもらった。また、登山の前後に計画していた勾玉作り体験と「江戸しぐさ」の講義は、当初の予定通り実施した。

全ての展示作品が実際に触ったり参加したり出来る新感覚の体験型展覧会「魔法の美術館」

勾玉作りが行われたのは、弥生の丘展示館(新潟市秋葉区)。弥生時代後期の集落や、古墳時代に築かれた県内最大の古墳がある国史跡古津八幡山遺跡に隣接する施設で、歴史にまつわるさまざまな体験学習が出来る。今回は親子で楽しく体験してもらうためのプログラムとして、その一つ勾玉作りに挑戦してもらった。

席についた親子の前には水が張った容器が置かれ、中には砥石がある。一人ひとりに滑石(かっせき)と呼ばれる白っぽい色をした石が配られた。粗くカットされたその石には勾玉の形に線が描かれていて、その線を目安に砥石に水をかけて石を動かし削っていくのだ。滑石はろう石と言えば年配の人には分かりやすいかもしれないが、天然鉱石の中では最も軟らかい石の一つで、少し力を入れただけで思い通りに削ることが出来る。力任せに削ったり、慎重に形を整えるために何度も砥石にこすりつけたりすると完成品はどんどん小さくなる。勾玉の大きさが人によって違うのはそのためで、作る本人の性格が作品に表れるようで面白い。

くびれている部分は粗めのサンドペーパーで丁寧に削り取り、ある程度形が出来たら、目の細かいサンドペーパーに変えて石を磨いていく。ざらざらしていた手触りが、だんだんすべすべになっていく。好みで、蛍光ペンで色付けし、新聞紙にこすりつけてツヤを出す。ぴかぴかになった石にひもを付けると、世界に一つだけの勾玉ペンダントの完成だ。この日参加した児童と保護者、学童保育の先生28人は、約1時間をかけてこの勾玉ペンダントを作り上げた。

また、新潟ロイヤル ライオンズクラブが目指す子どもの人間形成という趣旨に沿って行われたのが、「江戸しぐさ」の講義。企業の研修会などでも扱われる内容だが、講師の柴田光榮さんはこれを小さな子どもたちにも分かるようにうまくアレンジしていた。例えば、狭い通りで傘をさした人同士がすれ違う時、どういう所作が望ましいのか、というお題には、参加していた子ども2人が傘を持って実演した。「すれ違う時には傘を外側に傾けて、互いに笑みを浮かべるのが江戸しぐさ」と教えられると、2人は満面の笑みですれ違い会場を沸かせていた。

新潟ロイヤル ライオンズクラブによる「自然とふれあう遊々計画」の事業は今回で通算7回目。
「NPO団体や市の社会福祉協議会が主催する学童保育の子どもたちに、今足りていない自然に触れ合う機会を与えることは出来ないかと考えたのが始まり。クラブのメンバーの中に登山の経験者が何人かおり、運動と自然の両方を体験するなら山登りがいいだろうとなりました」
と、今年度事業責任者の手塚彰さん。

ひと昔前には、夏になると林間学校や臨海学校、また冬にはスキー合宿など、各種の野外活動などによって心身の鍛練や、集団生活の指導をする行事が設けられていた。が、最近では財政難や少子化などを理由に、自治体が林間・臨海学校に使える自前の施設を閉じる傾向が強くなり、公立の学校では林間・臨海学校自体を取りやめる動きも出ている。更にこれらの行事は自由参加が基本で、娯楽の多様化によって学校行事の林間・臨海学校に参加しない子どもが増えていることも縮小に拍車をかけている。

昨今、児童・生徒にとって山野や海で活動することの教育的意義は大きいが、正規の教育課程に位置づけにくいことや、費用の負担が困難な家庭の児童・生徒の中に不参加者が生じやすいなどの問題点も指摘されている。また学校の先生は自然体験学習のプロではないため、仮に行事を実施しても、例年通りのスケジュールをこなすので手一杯という現実もある。そこで、学校で開催出来ないのであれば自分たちでやってみようと動き出したのが、新潟ロイヤル ライオンズクラブだ。学校や塾では勉強に明け暮れ、遊びの時間にはゲーム画面とにらめっこの子どもたちには「山登り」がうってつけだと考えた。

クラブでまとめた「自然とふれあう遊々計画」の中に、山登りをすることで三つのものが得られるとある。
・「人と人のふれあいとコミュニケーション」
・「自己の忍耐力と他人に対する思いやり」
・「団体行動の幅の形成と協力する精神」
子どもが自然に触れる機会が少なくなっている昨今、長時間自然の中で過ごせるだけではなく、自分の足で登るという達成感が得られ、団体行動の中で道徳心を育むことも出来る山登りは、青少年育成事業を模索中だったクラブの意向とも合致した。

登山といっても本格的なものではなく低い山を散策する程度なら、安全な運営さえ心掛ければライオンズクラブでも実施出来るのではと考えた。登る山は、アクセスや山の条件などから新潟市秋葉区にある菩提寺山を選定。3年前から年に1〜2度、希望する親子30人ほどに参加してもらっている。

いつもなら下山してのお楽しみとなる昼食の豚汁は、この日は雨で肌寒かったこともあり、参加者からとても喜ばれた

菩提寺山(標高248m)はハイキングコースが整備されており、子どもでも1時間もあれば登頂出来る山だ。それでも念には念を入れ、毎回必ず事前にクラブのメンバーで現地を視察。当日も地元山岳会のメンバーを招き、山登りの心構えなどを講義してもらってから、子どもたちに山登りを楽しんでもらっている。

「山登りの募集をかけると、1週間を待たずに希望者でいっぱいになります。よほど好きな人じゃない限り親子で山を登ることはなく、やってみたいと思っていた親子が多いということでしょう。今回の対象者は初めて参加する学童保育の親子だったので、ぜひとも山登りを体験してほしかった」
山をよく知る人に連れて行ってもらえる安心感も人気の理由だと、手塚さんは分析。今後も、自然と触れ合うことが子どもたちの健全育成につながるような活動にしたい、と新潟ロイヤルライオンズクラブは考えている。

2019.08更新(取材・動画/砂山幹博 写真/関根則夫)