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若獅子の湯

お年寄りにぬくもり届ける 若獅子の湯

「まんずいいや、ほんとにありがてえな」
温泉の入った容器に足を浸すと、お年寄りの口から気持ち良さそうな声が漏れた。十文字ライオンズクラブ(和泉芳美会長/30人)による出前足湯「若獅子の湯」は、特別養護老人ホーム憩寿園の利用者が心待ちにしている、春と秋の恒例行事だ。この春の出前足湯が行われたのは4月24日。園の中庭では例年より一足早く桜が見頃を迎えていた。足元から温めて心身を癒やす温泉と、窓越しに眺める満開の桜に、お年寄りはくつろいだ表情を見せた。


十文字ライオンズクラブが活動する旧十文字町は、2005年に市町村合併で横手市になった。「十文字」の名は、羽州街道と増田街道が交わる十字路に由来する。交通の要衝だった十文字には近在の集落から人や物が集まった。町の中心部にある奥羽本線十文字駅の周辺は、今から50年ほど前には店が立ち並び、まるで祭のようなにぎわいだったという。しかし現在の十文字駅前に立つと、通りは閑散として、当時の面影は全くと言っていいほど感じられない。



秋田県は全国の都道府県の中で高齢化率(65歳以上人口の割合)トップで、全国平均27.2%を8ポイント余り上回る35.6%となっている(平成30年版高齢社会白書)。国の将来推計人口では、秋田県の人口は2045年に現在より40万人近く減少して約60万人になり、全国で唯一、高齢化率50%を超えるとの見通しだ。大都市圏も含めて全国で加速する高齢化の先頭を歩んでいるのが秋田県だ。

横手市の人口は県内では秋田市に次いで多い約9万人で、高齢化率は37%。十文字ライオンズクラブの最年少会員でもある髙橋大市長(43歳)は、横手市では医療、福祉、介護の地域包括ケアシステムを推進すると共に、これから高齢者となる人たちの健康増進を図る取り組みに力を入れていると話す。

十文字ライオンズクラブが高齢者施設での出前足湯を始めたのは6年前。それまでクラブの奉仕活動は、寄付など金銭的な支援が中心だった。自分たちの労力を使い奉仕の喜びをじかに感じられる活動はないかと模索していたところ、隣接する湯沢市の稲川ライオンズクラブが高齢者に足湯を提供する活動に取り組んでいることを知った。その足湯事業を見学に行った十文字ライオンズクラブのメンバーは、温泉に足を入れたお年寄りの和やかな表情を目にして、自分たちもぜひやってみたいと考えた。見よう見まねで始めてみると、大きな手応えを得た。

「この足湯ではお年寄りとお話をしながら、触れ合うことが出来ます。高齢者の方々に喜んでもらえて、我々にとっても喜びになるということで、みんな非常にやりがいを感じています」(和泉会長)

出前足湯のモデルを提供してくれた稲川ライオンズクラブが活動するのは旧稲川町。稲庭うどんで知られる稲庭町と、川連(かわつら)漆器の産地である川連町が合併して出来た町で、現在は湯沢市に編入されている。稲川ライオンズクラブでは、湯沢市内にある小安(おやす)峡温泉の湯を足湯に使っていた。岩手、宮城、山形の各県との県境付近、栗駒山の麓にある小安峡温泉は、神経痛、筋肉痛、関節痛などに効能があるというアルカリ性単純温泉。深い渓谷の谷底から熱湯が噴き出し、江戸初期から湯治場が開かれていた。秋田には全国に名を知られた名湯、秘湯が数多いが、県南地域の人にとってはなじみのある温泉だ。十文字ライオンズクラブの事業でも、この小安峡温泉の湯を出前している。

十文字から小安峡温泉までは片道約50分の道のり。出前足湯当日の午前中、軽トラックの荷台にタンクを積んで、温泉をくみに行く。谷底から湯気が立ち上る名所「大噴湯」から更に山を登っていくと、国道脇に地熱利用施設があり、80度を超える熱湯をくむことが出来る。500Lのタンクは10分ほどで満タンになった。タンクの上部に隙間があると、帰り道に水面が揺れて運転しにくいので、やけどしないように注意しながらギリギリの所まで湯を注ぐ。

この施設の利用料は50L100円。出前足湯1回分の500Lで1000円だ。春と秋、それぞれ二つの施設で足湯を行うので年に4000円。その度に往復2時間近くかけて温泉をくみに来るのは大変だが、少ない経費でお年寄りに喜んでもらえるのがこの事業のいいところだと、会計の鈴木健悦さんは話す。

タンクがいっぱいになったら、すぐに出前先の憩寿園へ向かう。横手市社会福祉協議会が運営する憩寿園は、ショートステイを含めて56人の高齢者が利用している。6年前、十文字ライオンズクラブが憩寿園で出前足湯を始めると、隣接するデイサービス施設の十文字福祉センターから、うちでもやってほしいと要望が寄せられた。クラブはその声に応え、以来、春と夏に二つの施設で実施するようになった。

温泉を積んだ軽トラックが到着する頃、憩寿園の多目的ホールには既に椅子が並べられて、足湯の準備が整えられていた。開始時間の午後2時、ホールに集まってきたお年寄りを前に、和泉会長が「皆さんが楽しみに待っていてくださったということで、今日もみんなで張り切ってがんばります」とあいさつして、「若獅子の湯」が始まった。


温泉を運んできた軽トラックは多目的ホールの脇にある搬入口に停め、そこでタンクから足湯用のバケツに温泉を注ぎ、水を加えてお湯の温度を調整して、お年寄りの元へ運んでいく。そこで更に、一人ひとりに適温かどうかを確認して、好みの湯温に調整する。車椅子を利用している人は足が届かない場合があるので、バケツを載せる木製の台を用意している。ちょうど良い高さになるよう、メンバーが手作りした。

介護職員の佐藤尚子さんは、温泉に足を浸すとお年寄りの表情が明るくなり、自力で歩行が出来る人は戻る時に足取りが軽くなっているのが分かると話す。
「今日は小安のお湯だよと言うと、あそこは行ったことがある、ここにも行ったことがある、というように話を聞かせてくれます。温泉に浸かった所まで肌の色が赤く染まったのを見ながら、身体が温まったのを実感しているようです」

ライオンズ・メンバーは、タンクからバケツにお湯を注ぐ係、バケツを運ぶ係、お年寄りの靴下を脱がせたり、お湯の温度を調節したりと世話をする係に分かれて働いている。この日は秋田市内のクラブから2人の女性メンバーが参加していた。所属するクラブは異なるが、2人とも元看護師。332-F地区(秋田県)の女性及び家族会員チーム(FWT)の会合で十文字ライオンズクラブの女性メンバーからこの活動について話を聞き、ぜひ手伝いたいと毎回のように参加しているという。十文字ライオンズクラブにとっては願ってもない助っ人だ。なにしろ十文字ライオンズクラブの会員の平均年齢は68歳。「若獅子の湯」と名付けてはいるものの、決して若いとは言えないメンバー構成だ。高齢化の波は否応なくクラブにも押し寄せているが、楽しみに待ってくれているお年寄りの期待に応えようと出前足湯を続けている。

この日活動していた中で最高齢という78歳のメンバーは、「私だって、いつ足湯させてもらう方になってもおかしくないんだ」と言いながら、休む間もなく忙しく立ち働いていた。


2019.06更新(取材/河村智子 写真・動画/宮坂恵津子)