取材リポート 山崎1番のランナーは僕だ
小学生ロードレース大会

山崎1番のランナーは僕だ 小学生ロードレース大会

兵庫県宍粟(しそう)市山崎町と姫路市安富町の小学生が毎年楽しみにしている大会がある。山崎ライオンズクラブ(小寺一成会長/60人)が主催する少年少女ロードレース大会だ。今年で41回目を数える。

クラブが初めてロードレース大会を開催したのは40年前、1978年のことだ。当時、チャーター・ナイト10周年を終えた山崎ライオンズクラブはクラブ単独で地域に貢献する事業を模索していた。1970年代後半は瀬古利彦、宗茂・宗猛兄弟など日本のマラソン選手が世界の主要大会で優勝やメダル獲得をするなど、全国的なマラソンブームが起きていた頃でもある。クラブでは地域の子どもたちの体力づくり、仲間づくりを通じた青少年健全育成を目標にロードレース大会の開催を決定した。

第1回大会は教育委員会を始め、各方面の協力を得て山崎町、安富町にある11の小学校から約230人が参加して始まった。以降、毎年恒例の大会となっている。

クラブ主催の大会であるため、準備や運営はメンバーが行う。前日に駐車場のライン引きからテント張り、コースにコーンを設置するなど準備することは多い。山崎ライオンズクラブ最大の事業であるため、メンバー総出で数カ月かけて準備を進める。

そして迎えた12月2日。晴天が広がり、絶好のロードレース日和となった。今年の参加者は小学校3年生〜6年生の男女約300人。地方都市の例に漏れず、宍粟も少子化が進んでおり、最も参加数が多かった1986年の622人と比べると半減してしまったが、それでもこれだけの参加者が集まることに同大会の人気の高さを感じさせる。

毎年実施されているため、この大会を目標にがんばってくる子どもも多い。中にはその後も長距離走を続け、全国高校駅伝や箱根駅伝に出場したケースもある。親子二代にわたって参加してくれるのが珍しくないほど定着している。地域の子どもたちの体力づくりに大きく貢献している大会だ。

ロードレース大会では開始当初から、ゴールした子どもたちにクラブで作ったうどんを提供している。ここで活躍するのが家族会員の面々だ。走り終えた直後でも食べやすいメニューをと考えてうどんにしたのがすっかり定着。走り終わり、疲れていたはずの子どもたちもうどんを前にすると目を輝かせ、夢中で食べていた。この大会でのうどん提供の経験は、他の事業に生かされているという。市の防災訓練などで炊き出しをする際にも役立っており、災害の時に有志で被災地へ支援に行くメンバーもいる。

2005年の大会から現在の山崎スポーツセンターをスタート・ゴール地点とするコースで実施している。農道がメインのコースとなるため、安全に走れ、応援出来るようになった。以前、公道を使っていた頃は苦労が絶えなかった。止まるようにお願いしても、無理やり進入してくる車もあり、メンバーは安全対策に心を砕いてきた。その頃の経験もあり、今ではスムーズに運営が出来ている。子どもたちを集めてスタート地点に並ばせるのもメンバーの仕事であり、スタートの合図を出す、ゴールテープを用意する、タイムを計る、順位を記録する、といった全てのことをメンバーで実施している。それに加え、ケガや体調不良などを含めた不測のトラブルのために警察、消防に来てもらっての開催だ。こうした万全の体制で実施しているため、今まで事故は起きていない。それどころか、天候にも恵まれており、雨が降ったこともないと言う。

クラブが一丸となって実施するロードレース大会。少子化で参加人数が減ってきているが、今後も続けていきたいメインの事業だ。クラブでは開催時期やPRの仕方などを考え、より多くの子どもたちが参加しやすく、健全に成長していく大会になるよう努力を重ねていく。

2019.01更新(取材・動画/井原一樹 写真/関根則夫)