テーマ武蔵野に残された里山を
市民と共に守り継ぐ

武蔵野に残された里山を 市民と共に守り継ぐ

東京の都心から西へ約20kmの郊外にある三鷹市。人口は約17万人で、住宅地の中に武蔵野の面影を残す緑豊かな公園が点在する。明治・大正期までは農村地帯だったが、関東大震災をきっかけに宅地化が進み、多くの文人が移り住んだ。市が発行する文学散歩ガイドには、武者小路実篤や山本有三、太宰治らこの地に住んだ文人たちと三鷹との関わりが生き生きと描かれている。

「武蔵野」の名は古くは『万葉集』に収められた歌にも詠まれているが、一般に抱かれるイメージには明治の文筆家、国木田独歩の小説『武蔵野』の描写が色濃く反映されている。国木田は作品の中で、その風景美を次のようにたたえた。
「林はじつに今の武蔵野の特色といってもよい。すなわち木はおもに楢(なら)の類(たぐ)いで冬はことごとく落葉し、春は滴(したた)るばかりの新緑萌(も)え出ずるその変化が秩父嶺以東十数里の野いっせいに行なわれて、春夏秋冬を通じ霞(かすみ)に雨に月に風に霧に時雨(しぐれ)に雪に、緑蔭に紅葉に、さまざまの光景を呈(てい)するその妙はちょっと西国地方また東北の者には解しかねるのである」
武蔵野に広がっていた美しい雑木林は、薪や肥料となる落ち葉を供給する里山として人々の暮らしを支えていたが、宅地化が進むと共に姿を消していった。

三鷹市の南東部にある天神山は、かつての里山の面影を残す場所の一つ。今は新川天神山青少年広場として利用されている。東京三鷹ライオンズクラブ(佐久間豊会長/47人)は2001年から、この広場の整備に取り組んできた。

40年余り前、最初に天神山の整備を手掛けたのは三鷹青年会議所(JC)だった。当時JCのメンバーだった東京三鷹ライオンズクラブの須藤嘉也元会長によれば、三鷹JCではコミュニティーの輪を広げようと、親子が共同で作業し収穫する三鷹ちびっこ農園を開設し、更に天神山を青少年の活動の場として整備して三鷹市に移管した。市では市民が散歩や森林浴、キャンプなどに利用出来る多目的広場としてこれを開放。枯れ枝を払うなどの管理は市が行っていたものの、次第に木の根が露出して木が弱り始めた。荒れた様子が目に付くようになった広場では、柵が倒されたり、ゴミが散らかったりすることも増えてきた。そんな状態を見て、三鷹JCのOBが多く在籍していた東京三鷹ライオンズクラブが、天神山に残る貴重な里山の風景を守ろうと整備に乗り出した。

整備作業は造園業を営む東京三鷹ライオンズクラブの高橋光夫元会長が先頭に立って進められた。
「三鷹には平地に緑が残っている所はありますが、この天神山のように丘になっている所はあまりないんです。この辺りの雑木林にはアズマネザサが自生していましたが、今ではほとんど見られなくなりました。天神山も下生えが無くなって地面がむき出しになり、土砂が流れて木の根が露出して、台風などの大風による倒木の恐れがありました」(高橋元会長)

東京三鷹ライオンズクラブでは土砂の流出を防いで木の根を保護しようと丸太を使った土留めを施し、木々の根元にはクマザサ500本を植栽した。更に、青少年を始め市民に四季を通じて楽しんでもらえるようにシダレザクラやハナミズキを植樹。広場の一角に木製のテーブルと椅子も設置した。

天神山は戦国時代の砦の跡で、空堀や土塁の遺構が残されている。歴史的な背景ははっきりしていないが、近くには織田信長の重臣だった柴田勝家の兜を祭ると伝わる勝淵神社があり、天神山の脇を流れる仙川の対岸には勝家の孫勝重が屋敷を構えたとされる島屋敷という場所もあって、一帯は柴田一族にゆかりの深い土地だと考えられる。すぐそばを中央自動車道が通っているにもかかわらず、樹高の高い木々がうっそうと茂る雑木林の中はひっそりとした静けさに包まれ、鳥のさえずりと風に揺れる木々の葉音が聞こえてくる。ライオンズの手で雑木林が守られた天神山は、近隣の人たちが散策やバーベキューを楽しみ、ボーイスカウトが木々にロープを渡して訓練を行うなど、市民が集う青少年広場としてよみがえった。

東京三鷹ライオンズクラブでは毎年秋に天神山の整備作業を実施。雑木林の木は落葉樹が多いため、広場に散り積もった枯れ葉や枯れ枝を掃き集め、清掃をする。土留めの補修など専門的な技術を要する作業は高橋元会長の造園会社スタッフの手を借りて行っている。貴重な里山を守る活動について地域の人たちにも理解を広めようと、三鷹ちびっ子農園で活動している家族にも参加してもらって共に作業に当たっている。

今年の整備作業は11月4日に行われ、三鷹ちびっ子農園から17人の親子が参加した。予定では10時開始だが、20分ほど前から親子が集まってきて、待ちきれないとばかりに作業をスタート。まだ幼い子どもたちも、竹ほうきや熊手を手に落ち葉をかき集めていった。10時には全員が集合して佐久間会長があいさつを述べ、高橋元会長から説明を受けた後に改めて作業を開始。ライオンズのメンバーと親子が協力して落ち葉を集めると、1時間足らずで軽トラックの荷台がいっぱいになった。作業が一段落すると、子どもたちは遊びの時間だ。遊具など何もない林の中で子どもたちが始めたのは「だるまさんが転んだ」。歓声を響かせながら、木々の間を元気に駆け回っていた。

天神山の近くでは今、国内最大規模の道路トンネル工事が進行している。都心周辺道路の渋滞解消と災害に強い町作りを目指して建設される東京外かく環状道路(外環)の整備工事だ。天神山の南側には外環と中央道を結ぶ中央ジャンクション(仮称)が建設中で、側道用地として広場の一部が供用された。周辺の環境が大きく変わってゆく中、東京三鷹ライオンズクラブは地域に残された里山の風景を次の世代へと守り継いでいく。

2018.12更新(取材/河村智子 写真・動画/宮坂恵津子)