フォーカス 音楽で震災からの復興を
みんなで歌う第九の会

歌で震災からの復興を みんなで歌う第九の会

東日本大震災で福島県は、沿岸部の津波被害に加え、福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染が広がったことで、山間部の浜通り北部や、私たちの郡山市を含む中通りも影響を受けました。震災から時が経っても沿岸部や浜通り北部の方たちは避難生活を余儀なくされ、しかも放射能汚染の風評被害もあり、福島全体が沈滞ムードに包まれていました。そこで、復興の意欲を音楽で示そうと、「みんなで歌う第九の会」を設立することにしました。

ご存じのように、ベートーヴェンの交響曲第9番は、日本では親しみを込めて「第九」と呼ばれることが多く、特に合唱を伴う第4楽章は冬の風物詩と言えるほど、年末になると日本各地で演奏されています。この第4楽章は「歓喜の歌」という名で親しまれていますが、歌詞にはドイツの詩人シラーの「歓喜に寄す」が抜粋され、冒頭部分はベートーヴェン自身が作詞したものです。歌詞には友愛や喜びといったテーマが込められており、欧州評議会がヨーロッパ全体をたたえる「欧州の歌」としている他、統一性を象徴するものとしてEUの歌にも採択されています。

第九の会設立は、震災後、家族や友人たちとの絆が強く求められるようになる中、第九のテーマである友愛こそ、この状況にふさわしいと考えたからです。

私は高校時代に合唱に出会い、大学時代も合唱部に所属、社会人になってからも月1回のボイストレーニングは欠かさず、地域の合唱サークルに参加していました。両親の住む郡山へ戻ってからも市民合唱団の一員として活動しています。

福島県は元々、合唱が盛んな土地で、レベルも高く、NHK全国学校音楽コンクールや全日本合唱コンクールでは毎年、福島県勢が上位に入っています。その中でも郡山は特に合唱が盛んなんです。中学、高校とも合唱の有名校がそろっていて、郡山市そのものも「音楽都市」を宣言し、「楽都」というキャッチフレーズを掲げています。

市民の合唱サークルも多いのですが、最近は男性が少なくなり、発表会などでは互いに応援で出演することもあり、あちこちの合唱団と交流が出来ています。その中で自然発生的に「みんなで歌う第九の会」発足の気運が盛り上がり、その発起人代表に選ばれました。最初は郡山全体などという大きな規模のものが出来るか不安だったのですが、各方面からの協力を得られ、2013年12月に第1回演奏会を実施することが出来ました。

この時は、郡山市民文化センターのロビーで、ピアノとエレクトーンの伴奏により、第4楽章のみを115人の市民が参加して歌い上げました。これが評判となり、翌年は更に大きな輪となって、オーケストラと共に第1楽章から第4楽章までを市民400人で演奏することが出来ました。会場も文化センターの大ホールに移り、本格的な第九演奏会となりました。以後、参加してくださる市民が少しずつ増え、更には中学・高校の合唱部有志の参加もあり、今では小学生から80代のお年寄りまで、文字通り老若男女が一緒になって歓喜の歌を歌い上げています。

2014年、郡山市民文化センター大ホールで開催した第2回特別演奏会。作田さんはバスパートのソリストを務めた

例年7月から練習を始め、初めての方や第九を歌い始めて3年ぐらいの方を対象にした講座的な練習を8回、全体練習を10回ほど重ね、本番に臨みます。中学生や高校生はそれぞれに学校で練習をしていますから、参加者全員が集まっての合唱は前日リハーサルのみとなりますが、皆さん「復興」「絆」という思いが詰まっていることもあり、非常にまとまった演奏になっていると思います。

現在、2019年1月6日に開催する第6回特別演奏会に向けて練習に励んでいますが、今回のオーケストラは「復興祈念郡山第九オーケストラ2018」という特別編成になります。これは、郡山ジュニアフィルハーモニーオーケストラで活動する中高校生を中心に、郡山出身のプロ奏者や音大生などが参加しており、合唱団と共にまさに「ふるさとに捧げる第九」になることと期待しています。実は今年、第九の会として「ウィーン・フィル&サントリー音楽復興祈念賞」を受賞しており、第6回演奏会には助成金を出して頂けることになっています。

今年は、日本で第九が初演されてちょうど100年目に当たり、各地でそれを記念した演奏会が開かれています。この初演というのは、徳島県鳴門市にあった板東俘虜(ふりょ)収容所でのことで、第一次世界大戦で捕虜となったドイツ兵による演奏でした。板東俘虜収容所は規則の範囲で捕虜に自由を与え、地元民との交流も許していたそうです。これには、所長を務めていた松江豊寿という方の考えが大きく反映されていたようで、松江所長は父が会津藩士だったため、敗者の屈辱を痛いほど理解しており、収容所でも人道的な管理を行っていたと伝えられています。

この松江所長が福島出身ということもあり、今年は県内各地で第九の演奏会が続いています。私たちの演奏会も、このエピソードに思いを馳せ、もう一度初心に返って、第九の持つ精神性をかみしめたいと思っています。

2018.12更新(取材・構成/鈴木秀晃)

さくた・ひでじ 1941年、茨城県日立市生まれ。福島県立安積高校時代に合唱と出会う。学習院大学時代も合唱部で活躍し、社会人となってからも市民合唱団に参加。2013年、郡山市で「みんなで歌う第九の会」を設立、代表を務める。1983年、郡山中央ライオンズクラブ入会。94・06・15年度クラブ会長、09年度ゾーン・チェアパーソン。

みんなで歌う第九の会 第4回特別演奏会 第4楽章(Youtube動画)