テーマ 地域の伝統を生かし
青少年を育む神楽大会

地域の伝統を生かし青少年を育む神楽大会
三谷神楽キッズが演じる「塵倫(じんりん)」

「明日は朝6時半から入場整理券を配ります。熱心な方が早くから並ばれるので大変なんです」

益田ライオンズクラブ(中島守会長/58人)が主催するスーパー神楽選抜競演大会は、島根県西部の石見(いわみ)地方で受け継がれてきた石見神楽のチャリティー公演だ。会場は島根県芸術文化センター「グラントワ」の大ホール。1階席だけで約1,000席という十分な座席があるのだが、熱心な神楽ファンが好みの席を確保しようと早朝から集まり、行列が出来るという。翌朝、8時開場の30分前に会場に到着すると、整理券を手にした100人以上が列をなしていた。先頭はこの大会を毎回欠かさず見ているという市内の男性、2番目は山口県下関市から来た女性2人組で、駐車場で夜を明かして5時半から並んだそうだ。貴重な1番の整理券を手にした男性に大会の魅力を尋ねると、次のような答えが返ってきた。

「この会場では12月に観光協会がやる神楽大会があるけど、こっちの方がずっといいね。スーパー神楽は県外の社中も出演するから見応えがある」

石見地方では昔から、豊作や豊漁を感謝する神社の秋祭りで神楽が奉納されてきた。石見神楽には神話や故事を題材にした演劇性の高い演目が多く、豪華な刺繍(ししゅう)を施したきらびやかな衣装や表情豊かな面をつけた舞人が、神代の世界を鮮やかに描き出す。楽人が奏でる軽快なリズムに乗った迫力の舞は、子どもから大人まで多くの人を引き付けてやまない。益田ライオンズクラブの「スーパー神楽」には、石見地方だけでなく広島からも選りすぐりの社中が招かれる。広島県安芸地方の北部に伝わった石見神楽は独自の発展を遂げており、エンターテインメント性の高い演出が特徴。伝統的な神楽と独創的な神楽の両方が味わえるため、目の肥えた地元ファンにとっても見応えのある大会となっているのだ。

益田ライオンズクラブは長年、この地にゆかりの深い柿本人麿の名を冠した万葉かるた大会や、中学校野球フェスティバル、小学生相撲大会など、地域の青少年育成に力を注いでいる。14年前、その事業資金を確保する方策としてクラブが注目したのが、地域に根付いた石見神楽だった。大会の入場料やプログラム広告により毎回約100万円の収益を上げている。収益を青少年のために役立てるというこの大会の趣旨とライオンズの活動は、今では来場者によく理解されていると中島会長は言う。クラブは事業資金の調達だけでなく、郷土の伝統を発信して地域活性化につなげたいという期待を込めて大会を続けてきた。

「クラブの先輩たちが付けた『スーパー神楽』という名に恥じないよう、出演社中の選考は慎重に行って、来場者の皆さんに満足して頂ける大会にしようと努めています」(中島会長)

チャリティー公演ということもあり、舞台の設営準備から当日の受付、進行などの裏方はメンバーの手で行っている。大会前日は、神楽の登場人物が現れる出幕や天蓋、舞台後方に置く柴垣、看板などの準備を行う。「空(そら)」と呼ばれる天蓋には無数の紙垂(しで)を垂らし、周囲を切り絵で飾る。柴垣に使うのは常緑樹の枝葉。出演者に自然の息吹を感じながら舞ってほしいと、早朝に山から切り出した枝葉を使っている。手間の掛かる大変な作業だが、毎年行っているメンバーは手際良く作業を進めていく。設営作業で中心的な役割を果たすのは、自ら神楽社中で活動している石川忠司元会長だ。大会を始めた頃には、体力的にもきつい設営作業をメンバーで行うのは難しいという声も出たが、回を重ねるごとに各自が得意分野の仕事をこなしてスムーズに進むようになったと、石川元会長は話していた。大会当日も、前述した早朝の整理券配布から受付、舞台の片付けや進行管理など、メンバーがそれぞれ担当の持ち場で裏方を務める。午前9時から午後5時近くまで休憩なしで上演され、来場者はお目当ての社中や演目に合わせて休憩したり、昼食を取ったりする。そのため、上演時間がずれないように舞台袖にはタイムキーパーが待機し、出演者に見えるように終了5分前、3分前のカウントダウンのボードを示す。その努力のかいあって、5分程度の遅れで進行することが出来た。

14回目を迎えた今年の大会には、益田市と浜田市からそれぞれ2社中、広島県安芸高田市から1社中の合わせて5社中が出演して2演目ずつを披露。更に益田市内の子ども神楽団1組も登場した。跋扈(ばっこ)する大蛇や悪鬼を退治しようと神話のヒーローが活躍したり、ひょうきんな語りで笑いを誘ったりと多彩な演目が披露された。伝統芸能の公演なので高齢の来場者が多いと思いきや、会場には家族連れが多く、就学前とおぼしき子どもたちが身を乗り出すようにして舞台に見入っている。場内で買ってもらった弓矢や刀などの小道具を手に、得意げにポーズを決める子の姿もあった。

「石見地方では100余りの神楽社中が活動しています。国内の伝統芸能のほとんどで後継者不足が深刻な問題になっていますが、石見神楽にはその心配はありません。幼い頃から神楽に親しんで、舞手になりたいと憧れる子が多いんです。神楽をやるために地元に残るという若者や、都会から戻ってくる若者もいます」(石川元会長)

そんな石見神楽の伝統を受け継ぐ子どもたちを応援しようと、益田ライオンズクラブは毎回市内の子ども神楽団に大会出演の機会を提供している。今回出演したのは、小学2年生から中学3年生で構成する三谷神楽キッズ。代表の岡郁博さんは言う。

「大人の神楽団と同じグラントワの大ホールで舞うことは、子どもたちにとって貴重な経験になると思います。子ども神楽の大会も各地で開かれますが、前日に現地入りして自分たちで設営をしなければならないのでけっこう負担が大きいんです。スーパー神楽はライオンズの皆さんがすばらしい舞台を準備をしてくれるので、とてもありがたいです」(岡代表)

三谷神楽キッズの演目は、庶民を苦しめる鬼を時の帝、仲哀天皇が撃退する「塵倫(じんりん)」。楽屋では緊張気味の表情で、直前まで演技のタイミングを打ち合わせていた出演者たちだったが、舞台に上がると堂々とした演技を見せてくれた。迫力たっぷりの鬼を演じた中学3年生は、高校生になったら大人の社中に加わって大好きな神楽を続けていくと言う。「先輩たちが教えてくれた神楽を僕たちがしっかり学んで、後輩たちに継いでいきたい」と力強く語っていた。

2018.05更新(取材/河村智子 写真・動画/田中勝明)